日本で今、分散型のソーシャルネットワーク「Mastodon」がトレンドになっているのは世界に自慢できることである。米国でMastodonといっても、シリコンバレーであっても知っている人は少ない。しばらく前にHacker Newsで、開発者のEugen Rochko氏のブログ記事「Welcome to Mastodon」に気づいたという人が見つかる程度だ。

1つの中央集権的なサーバーで集中的に運用されるのではなく、誰でもインスタンスと呼ばれるMastodonサーバーを立ち上げられるMastodon。世界中のインスタンス(ローカル)が結びついて、世界を結ぶ連合ネットワークになる。Mastodon開発者のRochko氏が運用するインスタンス「masotodon.social」はハイトラフィックのため現在登録受け付け停止中。

昨年6月に米サンフランシスコで「Decentralized Web Summit」というカンファレンスが開催された。「インターネットの父」と呼ばれるVint Cerf氏、そして「Webの父」と呼ばれるTim Berners-Lee氏がぞれぞれキーノートを担当した。Decentrized Web……Webの分散化である。今年4月、「コンピューティングのノーベル賞」と呼ばれるチューリング賞がBerners-Lee氏に決まった時にも、同氏はメディアの取材に対してWebが再び分散に向かう必要性を説いていた。Webの発明者は今、再分散でWebを再発明しようとしている。

昨年6月にDecentralized Webサミットで、Webの危機を訴えるTim Berners-Lee氏。

しかしながら、そうしたBerners-Lee氏らが訴える危機感や将来に向けた取り組みを意識している人、同調する人は、少ないとは言わないまでも決して一般的ではない。だからこそ、日本でMastodonがトレンドになっているのは世界に自慢できることなのだ。日本においてもWebの再分散という大きな流れを意識しているというより、「Twitterに変わり得る新しいソーシャルネットワーク」としてTwitter好きの日本人が食いついている感じは否めないが、それでも具体的な形で広がっている価値は大きい。

Webは本来分散したネットワークである。ゆるい接続がウエブ状に大きく広がり、どこかが欠けても、その機能が損なわれることはない。ところが、GoogleやFacebook、Amazon、Apple、Netflixといったプラットフォームプロバイダーが提供するサービスにユーザーが囲い込まれ始めた。集中化が進んでいる。そうした箱庭はユーザーにとって便利で快適な場所だが、引き換えに人々はプラットフォームに少なからずデータやプライバシーを奪われ、コントロールされている。

Facebookメッセンジャーはとても便利なサービスだが、FacebookのFacebookによるサービスである。だから、サービスの内容、サードパーティがアクセスできる機能はFacebook次第だし、Facebookがサービスを停止したらFacebookメッセンジャーはなくなってしまう。

逆に分散型の代表例が電子メールだ。レガシーなコミュニケーション手段だが、標準技術に従って誰でもメールサーバーを構築できる。たとえ独自ドメインのメールをGoogleのサービスで使用していたとして、Googleがメールサービスを止めたとしてもメールが使えなくなったりはしない。他のサービスに移せば、同じように独自ドメインで送受信できる。

Webの集中を促進させている大きな理由にクラウドが挙げられる。以前はメールだけとか、共有ドキュメントだけという感じだったクラウド利用が、今やパソコンのローカルストレージを置き換えるような存在になり、それによって特定のクラウドサービスへの集中化が進んでいる。

Berners-Lee氏が思い描くこれからのWebの再分散は、データを保存する場所、データへのアクセス方法をユーザーがコントロールできるクラウド環境である。ヘルス&フィットネスのデータはここ、メールは向こうというように、情報の種類によって異なるクラウドサーバーを選べる自由を実現する。1つに集中させるのもユーザーの選択だが、それはユーザーの選択であり、ユーザーが選択権とデータの所有権を持つ。

Berners-Lee氏は、MITのCSAILにおいて「Solid (social linked data)」というオープンソースプロジェクトを進めている。クラウド上のデータの所有権をユーザーに認め、様々なクラウドサーバーに分散しているデータを、ユーザーの許可によって異なるWebアプリケーションが利用できるようにする標準技術の確立を目指している。

Twitterのサブスクリプションサービス報道に対して、開発者のEugen Rochko氏が「Twitterに料金を支払ってホスト・ナチにするよりも良いことは何」とツイート(@Gargronより)。

MastodonのコンセプトもBerners-Lee氏が思い描く再分散に似ている。Twitterは立ち上げ期にはサードパーティの開発者と共にあったが、Twitterによるコントロールが強まり、公開されないAPIや負担に開発者が不満を覚えるようになった。また、ここ数年のユーザーの伸び悩み報道が、ユーザーの間にサービス存続の不安を広げている。

Mastodonはオープンソースだから欲しい機能を開発者が誰でも提案できるし、いざとなったらサーバーを構築して自分のインスタンスから実現していくという方法も採れる。そんなオープンワールドのゲームのような自由さに日本の開発者が魅了されている。

4月末時点でユーザー数では日本の「pawoo.net」「mstdn.jp」がトップ2、Mastodon開発者によるインスタンス「mastodon.social」(3位)に続いてniconicoと連携した「friends.nico」と上位を日本のインスタンスが占めている。

管理された巨大プラットフォームが提供するサービスは便利で、サポートも行き届いていて安心できる。それに比べると、分散するネットでは、ユーザーが自身で信頼できるサービスを見極めなければならない。その見極めに失敗したら自己責任である。Decentralized Web SummitにおいてBerners-Lee氏は、「箱庭はとても、とても快適に作り上げられる」と、その魅力を認めていた。でも、AOLやProdigyなどWeb普及の初期に成長した箱庭は、オープンなWebの成長に抗することができなかった。「長い時間の中で、(箱庭の)周りを囲むジャングルが人々の関心を引くようになる」と指摘、歴史は繰り返すとしていた。

熱狂する報道でMastodonのインスタンスに登録してみて、少ない知り合い、Twitterと変わらない機能に戸惑った人が少なくないと思う。今はまだ、Mastodonでできることに開発者が興奮している段階であり、分散したサービスのとても緩い結びつきでしかないから、コミュニケーションツールとしてはもの足りない。これから開発者やアーリーアダプターを超えてユーザーが増え、結びつきが密になって、真にコミュニケーションツールとして使えるものになるかはどうかは分からない。しばらくしたら萎んでしまう可能性も小さくないだろう。でも、本当に大事なのは、この時期に日本でMastodonがトレンドになったこと、世界に先駆けてネットの再分散の面白さを日本人が実践したことである。Mastodonが一過性のブームに終わってしまったとしても、多くの人がWebの再分散を肌で感じた体験は大きな価値として残る。