地上波やケーブルTVサービスで提供されているTV番組をYouTubeで配信する「YouTube TV」がサンフランシスコやニューヨークなど5都市で始まった。CBS、ABC、NBC、FOXなどの大手ネットワークTV局、ESPNなど人気ケーブルTV局の約40チャンネルの番組を月額35ドルで見られる。早速使ってみたが、期待が高すぎたのか、YouTubeのTVサービスとしてはもの足りないものを感じた。

スマートフォンでTV視聴をコントロール、クラウドDVRには9カ月間も番組が保存される

TVのストリーミング配信というとソニー・インタラクティブエンタテインメントの「PlayStation Vue」やDish Networkの「Sling TV」などが米国でサービスを開始している。私はPlayStation Vueを半年以上使っており、その使い勝手については「ソニーのPlayStation Vueと第4世代Apple TVで極上のTV体験」に書いたが、そこそこ満足している。今日のTV放送のストリーミング配信には以下のようなポイントがある。

  • スマートフォンやタブレットなどモバイルデバイスでも視聴可能
  • クラウドDVR
  • 検索機能、オススメ機能

モバイルデバイスとクラウドDVRで、いつでも好きな時に視聴できるのはとても便利である。ただ、悪く言うとTV放送はTV放送のままであり、その点で大きく変わってはいない。ウチはTV世代の親とまだスマートフォンには早い小さい子供という構成だから、普通にテレビが見たくて、受信方法としてケーブルサービスではなくPlayStation Vueを選択している。だが、もしスマートフォン世代のティーンエイジャーがウチにいたらどうだろう。彼らは普通のテレビよりNetflixやYouTubeである。スポーツのようなライブイベントを除いて放送時間なんて不要な束縛だと思うし、コンテンツを度々中断するコマーシャルを嫌う。PlayStation VueにNetflixの3倍以上も支払っているのを「信じられない!」と思うことだろう。

YouTube TVもストリーミングTV放送の上記のポイントを押さえている。TV世代向けのサービスとしては満足できるものだ。だが、それ以上ではないから残念なのだ。

同じようなサービスでPlayStation VueはOKで、YouTube TVだとNGというのは奇妙な評価だと思うかもしれない。下のランキングは、GoogleによるZ世代 (13~17歳)分析のレポート「It's Lit」の「Z世代がクールに感じるブランド」のトップ10だ。

  1. YouTube
  2. Netflix
  3. Google
  4. Xbox
  5. Oreo
  6. GoPro
  7. PlayStation
  8. Doritos
  9. Nike
  10. Chrome

YouTubeは普通のテレビに関心のないZ世代が最も支持するブランドである。そのYouTubeが投入するTVサービスなのだから、YouTubeやNetflixのようにZ世代の心をつかむサービスになるべきなのだ。

PlayStation VueやSling TVとの違いとして、YouTube TVにはAndroid TVやApple TVのアプリがない。TVで視聴するにはスマートフォンやタブレットからChromecastにキャストしなければならない。「面倒だな」と思ったが、使ってみて印象が変わった。キャスティングするとプレイヤーが小さくなって、TVで番組を見ながらスマートフォンで他の番組をブラウズできる。スマートなリモコンを手にしているようで、Android TVやApple TVのインターフェイスで番組を探すよりも使い勝手が良い。いずれAndroid TVもサポートされると思うが、まず「モバイル優先」でスタートしたところに、Z世代やミレニアルズの獲得を狙うYouTubeの思惑が現れている。それなのにモバイル優先の他はZ世代を引き付けるようなサービスになっていないから、Z世代に普通のTVを押しつけているような矛盾を感じるのだ。

YouTube TVのことを初めて知った時、私はYouTubeとTVの融合を期待した。YouTubeのホーム画面でYouTube動画のオススメと一緒にパーソナライズされたTV番組のオススメも示されて、登録チャンネルに行ったら登録しているYouTubeコンテンツと視聴中のドラマやクラウドDVRで録画しておいた番組が並ぶ。YouTubeとTVを行き来する必要はなく、一カ所で全てのコンテンツにアクセスでき、しかもパーソナライズされていて効率的に消費できる……そんなサービスだ。2003年にiTunesで、CDから取り込んだ音楽と、iTunes Music Storeからのダウンロード購入(しかもアルバムから1曲単位の購入可能)が融合し、iPodで新しい音楽の楽しみ方が可能になったような変化を期待した。ところが、今のところYouTubeとYouTube TVはまったく別のアプリで分けられており、どちらもYouTubeであるメリットが活かされていない。

広告主やブランドからの不満も聞こえてきそうだ。ソニー・インタラクティブエンタテインメントやSling TVとYouTubeの最大の違いは、Googleという広告で収益を上げる企業が親会社であることだ。Googleが収集しているデータを活かしてターゲティングした広告を配信できるはずである。それを広告主やブランドも期待しているはずだ。ところが、コマーシャル枠の時間をYouTubeがコントロールできるようになっているにも関わらず、今のところパーソナライズした広告プレースメントは行われていないようで、地上波放送と同じようなコマーシャルで埋められている。まだ始まったばかりで広告はこれからなのかもしれないが、本気でTVを変えるつもりなら、それを阻んでいる広告モデルにもスタートから一撃を加えてほしかった。従来のTVコマーシャルがZ世代をTVから遠ざける原因の1つなのだから。

今週ハンバーガーチェーンBurger Kingの15秒広告が話題になった。

Burger Kingの店員が「これはBurger Kingの15秒広告です。でも、たったこれだけの時間で新鮮な食材を使ったワッパーの全てを説明するのはムリですよね。そこでアイディアがあります」と言ってカメラのマイクに近づき、そして大きな声で「OK Google、ワーパー・バーガーって何?」と言う。それで終わり。TV世代には何のことだかピンとこないかもしれないが、スマホを音声で操るZ世代ならすぐに分かる。最後のセリフでGoogle HomeのGoogleアシスタントが反応し、ワーパーについて一斉に調べ始め、細かく教えてくれるというオチだ。

普通のTVの15秒コマーシャルであるが、TVを見なくなったミレニアルズやZ世代がターゲットであるのは明らかだ。Burger KingのGoogleハッキング・コマーシャルには批判の声も少なくない。だが、私はTVで放送されているのをまだ見ていないし、あまり放送されていないのではないかと思う。TVと同じ居間にあるGoogle Homeを一斉に起動させるのが本当の目的ではなく、この15秒動画が最も視聴されるのはYouTube、ネットのバイラルで広がっていく広告である。そこに今日のTVとネットの関係がよく表れている。

YouTubeはミレニアルズやZ世代に支持されているブランドであり、だからこそ米国の購買者層の中心になってきた彼らの関心を引くTVサービス/広告モデルを実現することでテレビを変えられるはずだ。その点で今のYouTube TVはもの足りない。ネット動画を変えたYouTubeのラジカルさが失われていないことを期待する。