パブリッシング・サービスのMediumが3月に月額5ドルの有料メンバーサービスを開始した。Mediumに長い時間を費やしてきた私は「こいつなら契約しそう」と思われたのか、すぐにファンディング・メンバーの招待メールが送られてきたので早速契約した。理由は、昨年Mediumがつまらなくなって一度サービスから離れ、そんなアーリーユーザーの心境を見抜くようにMediumが派手なちゃぶ台返しをやってくれたからだ。

最初は基準を満たす一部のユーザーを対象に、ファンディング・メンバーの申し込み受付を開始

手っ取り早くより多くの記事を作成し、あの手この手でそれらにアクセスさせる……無料をエサにクリック数の獲得を競争するコンテンツがニュースサイトやブログに溢れる。そんな状況では、じっくりと練り上げ時間をかけて作成されたコンテンツは価値を発揮しにくい。情報をマネタイズする方法はいくらでもある。それらに対してMediumは、時間をかけて熟成させたアイディアや深く考察した意見などを世界中の人達と共有したいという目的を果たせる場として2012年に誕生した。それは様々なことについて日々学ぼうとする好奇心旺盛な人々が価値のあるコンテンツに出会える場でもある。

サービス開始以来、コンテンツの質を優先し、最初は誰でも投稿できるのではなく、執筆資格を持つ人たちからの推薦のみで寄稿者の枠を広げ、少しずつ時間をかけてMediumコミュニティを育んできた。

Mediumはコンテンツの評価でクリック数ではなく、コンテンツを読むことにユーザーが費やしている時間「TTR (Total Time Reading)」を重んじている。ユニークな記事、ネットで話題になる長文の記事を開いてみるとMediumでホストされているということが増え、Mediumの価値が少しずつ知られるようになった。そして2016年にMediumはジャンプの時期を迎えた。記事投稿数は前年比295%増、月間ユニークユーザーは前年の2500万人から140%増の6000万人に増えた。

しかし、昨年4月に「Medium for Publishers」を発表した頃からMediumらしさに陰りも見え始めた。ブランドパートナーとパブリッシャーを結ぶネイティブ広告のような仕組みが用意され、一方で以前のように寄稿者の制限はなくなり、増加するコンテンツの中に読む価値のあるコンテンツが埋もれるようになってきた。良質なコンテンツというお墨付きを得られるMediumコミュニティのネットワーク効果に、コンテンツビジネスを目論む人達が集まり始めた雰囲気もあった。収益モデルを確立しなければならないのだから、ビジネスのために理想を譲歩するのは仕方がない。だが、雑音が増えたMediumは私にとって快適な場ではなく、昨年の後半にはMediumを開くのが日課ではなくなっていた。

ところが、年が明けて1月4日。Mediumが全体の1/3に相当する50人を削減、広告に頼るビジネスモデルからの脱却を発表した。最高の2016年を終え、広告をからめたマネタイズの可能性が目の前だったのに、それをあっさりと捨て去るというのだからビックリである。

「今日のシステムは誤った情報を増やし、より安くより多くという圧力によって、深みやオリジナリティ、品質は軽視されている。それは製作者、そしてコンシューマにとって満足できる状況ではなく、継続は不可能だ……我々には新しいモデルが必要だ」(Medium共同ファウンダー、Ev Williams氏)

原点回帰によるビジネスモデルの変更で、Medium社員の削減はセールスやサポートを中心に行われる。新年早々、解雇を伝えられた人達のことを思うと同情を禁じ得ないが、それをばっさりと断行してしまうところに、Ev Williams氏の創設の志にウソがないことが現れている。ここに至って現実から理想に舵を切るというのだから、Mediumのこれからを体験してみたくてファンディング・メンバーになった次第だ。

Mediumの有料メンバーには以下のような特典がある。

  • トップライターによる有料メンバー限定コンテンツ
  • Mediumの新機能への先行アクセス
  • オフライン・リーディングリスト

ファンディング・メンバーからの売上は全て、限定コンテンツを提供するライターへの支払いを含むコンテンツへの投資に充てられる。ただ、Mediumで公開されているコンテンツの多くにはこれからも無料でアクセスでき、Mediumは引き続き自由にパブリッシュできて、自由に読めるオープンな場であり続ける。

有料メンバーになった話をすると「それで月額5ドルの価値はあるの?」と、ほぼ毎回聞かれる。他の人達のレスポンスを見ると、コーヒー1杯と比べて「価値がある」という人がいれば、ペーパーバック1冊と比べて「微妙」という人もいる。

私が有料メンバーである理由を一言で表すと「サポーター」になるが、支援者であり、参加者でもある。Ev Williams氏はMediumを「パブリッシングツールではない。ネットワークだ」と表現している。「インターネットビジネスがソフトウエアビジネスではなくなったことに異論はないだろう。ネット産業はネットワークとプラットフォームの構築に努力している」(Williams氏)

文芸に評論があるように、読んでレスポンスし、オススメする人の力によっても価値のあるコンテンツとネットワークは鍛えられる。同じコンテンツのオススメやコンテンツの消費でも、月額料金を支払ってサポートしているメンバーのアクティビティは少しだけ特別な意味を持つ。それが価値のあるコンテンツを共有するコミュニティの礎になる。だから、「ファンディング・メンバー」という名称なのだろう。

面白いのは有料メンバーが使用できる新しいホーム画面だ。とてもシンプルなデザインなのだ。2つをブラインドテストしたら、おそらく情報量に富んだ無料メンバー用のホーム画面を"有料メンバー用"と指す人の方が多いのではないか。

インターネットビジネスがソフトウエアビジネスだった頃、機能の追加によってユーザー離れが起こることもあった。複雑であったり、豊富な機能がユーザーの広がりにつながるとは限らない。朝・昼・夜、1日に3回アップデートされるMedium有料メンバー用のホーム画面には絞り込まれたコンテンツが並び、短い時間で効率的にチェックできる。「少ないコンテンツのために料金を支払っているの!」と言われたりもするが、長々とスクロールしてタイトルだけ飛ばし読みしていた無料メンバー時代よりもしっかりとコンテンツを楽しめている。

延々と記事が続くのではなく、パーソナル・ホーム画面に並ぶキュレーションされた記事は5分程度でチェックできる本数にまとめられ最後に「That's all for now」

ファストフードを押しつけられているようなニュースや情報の氾濫に対して、深く掘り下げた検証や分析、表現に力を入れた「スローニュース」を勧める声が広がっているが、そんな価値のあるコンテンツを提供できる環境をMediumは取り戻しつつある。収益モデルの問題は解決していないので、これからどうなるかは分からないが、今のところ私は月額5ドル以上の体験を受け取っている。