21日にAppleが発表した新しい「iPad」は37,800円から。日本では「4万円を切る9.7インチiPad」と話題だが、米国での価格は329ドルからである。日・米のモノの価格差を考え合わせると、現在のドル円相場は少し円安に傾いている印象である。米国における「329ドルから」という値付けは、ドル円相場の影響を除いた感覚だと3万5,000円を切ったという感じがする。ちなみに日本で29,880円のニンテンドースイッチは、米国では299ドルである。

新しいiPad、9.7インチ・タブレットのエントリーモデルがより速く、大幅に安くなった

Proではないスタンダード版9.7インチiPadの最安モデルの歴代価格を並べてみると…。

  • 初代iPad (16GB):2010年4月発売、499ドル
  • iPad 2 (16GB):2011年3月発売、499ドル
  • 第3世代iPad (16GB):2012年3月発売、499ドル
  • 第4世代iPad (16GB):2012年11月発売、499ドル
  • iPad Air (16GB):2013年11月発売、499ドル
  • iPad Air 2 (16GB):2014年10月発売、499ドル
  • iPad Air 2 (32GB):2016年9月発売、399ドル (16GBモデル終了)
  • iPad (32GB):2017年3月発売、329ドル

iPadの平均変倍価格 (ASP)はiPad Proの登場から上昇しているが、一方でエントリーモデルがこの1年で大幅に安くなった。デザイナーやクリエイターのニーズも満たす多機能・高性能なiPad Proから、コンテンツ消費というタブレットの従来の使い方に優れたエントリー向けまで、iPadは幅広い製品になっている。

1週間ほど前に、Above AvalonでNeil Cybart氏が公開した「Appleの製品価格の奇妙な状態」というコラムが話題になった。Earin (249ドル)、Samsung Gear IconX (199ドル)など小型Bluetoothヘッドセットは200ドル以上の製品が珍しくない中、AppleはAirPodsを159ドルで発売した。Samsung Gear S3 (349ドル)、Michael Kors Access (350ドル)など、話題のスマートウォッチは300ドルを超える。そうした中、Apple Watchのエントリーモデルは269ドルだ。

Appleと言えば、薄利多売の低価格競争から距離を置いて、マージンを十分に確保し、それに見合った品質と体験を提供することで収益を上げてきた。ところが、昨今Appleは、そのエコシステムにユーザーを導く製品、入り口になるような製品に”Underpricing”、つまり控えめな価格を付け始めた。そして今回の「329ドルから」のiPadの登場である。

  • Appleの高価価格イメージに変化 (Business Insider)
  • Appleが新たに "アンダープライシング"戦略に乗り出した可能性 (Fortune)
  • 低価格iPadはAppleの価格に対する新たなアプローチのさらなる証明 (9to5Mac)

400ドルを切った2016年のiPad Air 2と今年のiPadはAプロセッサが最新ではなく一世代前のものを搭載するが、「安かろう悪かろう」ではない。iPadとして十分な性能を発揮する。iPadのWebページでは、コンテンツを楽しむための機能、iOSアプリや対応するサービスがアピールされている。iPhoneにはまだ早い年齢の子供でもiOSアプリを活用できるiOSデバイス「iPod touch」や、AmazonのサービスのためにデザインされたタブレットKindle FireシリーズのWebページに雰囲気が似ている。

「iPadの販売台数の減速で値下げに乗り出した」と見る向きも少ないが、Appleは単純にiPadを値下げしたのではない。その前にiPad Proを投入しており、結果的に平均販売価格は維持されている。つまり、「より手頃」と「より高機能・高性能」を同時に行っている。今回さらに安いエントリーモデルを実現したことで平均販売価格は下がる。だが、下げないのがAppleであり、次はハイエンドをさらに拡充するだろう。従来の品質・体験の製品を普及価格帯に広げることで、バランスを保ちながら、次世代のiPadで飛躍する余裕が生まれる。Cybart氏はそれを「ラグジュアリーの再定義」と呼んでいる。iPadのヘビーユーザーの1人としては、噂されるiPad Proの新世代モデルや10.xインチサイズの新iPadの登場が楽しみになってきた。

iPhoneの販売台数よりも全体のインストール・ベース

まだ発表日は決まっていないが、4月にAppleは1~3月期決算を発表するだろう。注目は、インストール・ベースの伸びである。iPadに続いて昨年iPhoneの販売台数が減速して「ピークを越えた」と言われたが、Appleが落ち着いていたのはアクティベートされているAppleデバイス(=インストール・ベース)が順調に伸び続けていたからだ。たとえば、最新モデルを買った際に、それまで使っていたiPhoneを家族が使い始めたら世帯あたりのAppleデバイスまたはAppleユーザーが増加する。iPhoneユーザーがApple Watchを使い始めたら1ユーザーあたりのAppleデバイス数が増える。

ここ数年、Appleの事業の中ではサービスの成長が著しい。かつては大黒柱のハードウエア販売の付加的な事業と見なされてきたが、すでに売上高でMacに並び、年内にはフォーチュン100にランクインできる規模に成長する。それだけでも十分に巨大だが、2016年10~12月期決算発表のカンファレンスコールにおいてTim Cook氏(CEO)は「これから4年で規模を倍増させる」という強気の見通しを示した。売上高の規模で年間500億ドル以上、実現したら現在のDisneyと同じぐらいになる。

それが可能である根拠は、Appleデバイスのインストール・ベースの健全な伸びである。AppleデバイスのユーザーがAppleのサービスを使い始める。AppleのサービスやiOSアプリに満足しているから次もApple製品を選び、そして別のApple製品を購入する。エコシステムが機能した伸びは簡単には落ち込まない。長期的に安定した成長を見込める。

新しいiPadは、すでにiPad Proを使いこなしているユーザーに響くような新製品ではない。だが、インストール・ベースの伸びを維持する施策としての効果は期待できる。Jason Snell氏は、新しいiPadが一般向けではなく、GoogleのChromebookに逆転された教育市場対策の可能性を指摘している。329ドルならiPod touchではなく、子供用にiPadを選択する保護者も出てくるだろう。Mac miniがそうであったように、新しいiPadはエコシステムの境界を広げる製品になる。

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