気がついたらいつの間にかソニー・インタラクティブエンタテインメントが、米国のお茶の間で台風の目になっていた。PlayStation 4やPlayStation VRの話ではない。ストリーミングTVサービス「PlayStation Vue」がテレビの楽しみ方を変えようとしている。

PlayStation Vueは、テレビ放送をストリーミングで提供するサービスだ。今年春に全米規模でサービスが始まった。

これまでにもあった同様のサービスと何が違うのかというと、まず3大ネットワーク(CBS、ABC、NBC)+1(Fox)が全て揃っている。さらにCNNやCNBC、スポーツチャンネルのESPNなど、米国人の生活に浸透しているチャンネルも基本パッケージ(45+チャンネル)に含まれる。つまり、ブロードバンド回線があれば、インターネット経由でテレビ放送の主要なチャンネルを見られる。しかも、サービス料金は月額29.99ドルからと手頃だ。

地上波放送を受信すればいいじゃないかと思うかもしれないが、広いアメリカでは、地上波放送の全てのチャンネルを安定して受信できない地域が多い。かといって、ケーブルサービスや衛星サービスを契約するほどではないという人たちはオンラインストリーミングに期待していた。ところが、なかなか実現しなかった。広告ベースでやってきた4大ネットワーク局、ケーブルサービスからの収益で成り立っていたケーブルチャンネル(CNN、ESPN、HBOなど)は、従来のビジネスモデルを崩すリスクを冒してまでストリーミング放送に展開しようとしなかった。そのため、これまでにあったテレビ放送のストリーミングサービスはチャンネルのラインナップという点ではテレビとは言いがたいものだった。ちなみにPlayStation VueのライバルであるSling TVは、月額20ドルからだが、下位サービスは4大ネットワークを含まない。上位サービス(月額25ドル)でもCBSとABCは視聴できない。

PlayStation Vueは、ストリーミングで初めて人々がテレビ放送に期待するチャンネル・ラインナップを実現し、また多くのチャンネルでクラウドDVR機能(28日間)が使えるなど、ストリーミングのメリットを反映したサービスになっている(Sling TVにDVR機能はない)。

もう一つの特徴が幅広いデバイスのサポートである。昨年に一部地域で試験的にサービスを開始した時は、対応デバイスはPlayStation 3/4だけだった。かつてのソニーだったらソニー製品のためのサービスに限定したかもしれない。ところが、PlayStation Vueで同社はすぐにiOSアプリをリリースし、続いてAmazonのFire TVをサポート。全米サービスを開始してからもAndroid対応、Roku対応、Web版(Windows、Mac)と順調にデバイスサポートを拡大し、そして11月17日にユーザー待望のApple TVアプリの提供を開始した。これだけのデバイスで使えるのなら文句はない。

Apple TVとはお茶の間で競合していることもあってサポートしないのではないかと見られていたが、11月17日にtvOSアプリを突然リリース

各デバイスのアプリで操作の違いはあるものの、UIは基本的に同じ。視聴情報はクラウドを通じて同期されるので、デバイスを変えても「You’re Watching」セクションを開けば、中断した番組の視聴を再開できる。

アプリで楽しむテレビに最適なPlayStation Vue

米国でも若い世代の「テレビ離れ」が指摘されている。テレビ離れというと人々が番組を見なくなったような印象を受けるが、実際には逆である。今、米国ではかつてないほど多くのビデオコンテンツが製作・提供され、人々はたくさんのコンテンツを消費している。

「テレビ離れ」は、正確にはビデオコンテンツを消費する方法の多様化・細分化だ。テレビ世代にとって、テレビはテレビ放送である。ゲームやDVDを楽しむ時間の方が長いという人もいる。それがネット世代になると、NetflixやHuluのようなオンラインのVODサービスがあたり前だ。彼らは放送スケジュールに縛られるのを嫌い、広告で中断されるのを嫌う。テレビ世代は大きな画面を好むが、モバイル世代にとってテレビはコンテンツを楽しむモニターの一つでしかない。スマートフォンやタブレットも使って、いつでもどこでも好きな時に楽しみたいと考える。世界的にテレビは過渡期を迎えており、テレビ世代が最大勢力だった状況が、Z世代やミレニアルズの拡大によって、ゆっくりと若い世代に視聴者の主流が移ろうとしている。

昨年9月にAppleが第4世代Apple TVを発表した時に、同社は「TVの未来はアプリ」というビジョンを示した。正直ピンとこないというか、これまでアプリで見るテレビは便利なものではなかった。しかし、PlayStation Vueの登場で、パズルの最後のピースがはまったように、Appleの言うアプリで楽しむテレビが形になった。少なくとも私のテレビの楽しみ方は大きく変わった。アプリのメリットは柔軟性である。テレビ放送をストリーミングするアプリがあり、VODサービスのアプリがあり、ゲームやコミュニケーションなど、様々なニーズに応えられる。テレビとモバイルの融合も実現する。それらをユーザーが自由に選択し、組み合わせられる。テレビの楽しみ方が多様化・細分化する時代に、全ての人に満足できる体験を提供できる。Apple TVユーザーである私はAndroid TVは試していないが、Android TVでも同様の変化が進んでいると思う。

タイムテーブルに従って1つの番組を順番に放送していくテレビ放送は、長い目で見たら廃れていくだろう。その意味で、テレビ放送をそのままストリーミングするPlayStation Vueは古いスタイルのサービスである。だが、NetflixがDVDレンタルのオンラインサービスからスタートしてストリーミングサービスへユーザーを導いたように、今あるサービスのユーザーの受け皿になるサービスが大きな変化を後押しする。PlayStation Vueはまだ始まったばかりで、その存在に気づいていない人の方が多いぐらいだが、うまく上昇気流をつかめたらNetflixやSpotifyのように大きな変化を生み出せる可能性がある。

Appleは12月に、アプリで視聴できるビデオコンテンツやiTunesから購入/レンタルしたビデオコンテンツに1カ所からアクセスでき、また新たなコンテンツを見つけられる「TV」というアプリを米国でリリースする。PlayStation VueがTVアプリに対応したら、TVの楽しみ方がさらに変わりそうだ