火が燃えさかる部屋の中で犬がコーヒーを飲みながら涼しげに「This is fine」とつぶやくイラストがここ数年インターネットミームとして拡散している。意味はちょっと違うが、「これでいいのだ」に通じる面白さである。ところが、ある「This is fine」の使い方にイラっとしたオリジナルの作者が「This is Not fine」という新作を発表した。原因は民主党全国大会期間中の共和党のツイートだった。

米国版「これでいいのだ!」という感じでミーム化している「This is fine」

「This is fine」はイラストレーターのKCグリーンが2013年1月に公開したWebコミック「On Fire」からの2コマである。犬とネットというと、1993年にThe New Yorkerに掲載された「On the Internet, nobody knows you're a dog」という風刺漫画が有名だ。「画面の向こう側にいるのが犬であることを誰も知らない」と、インターネットの匿名性を皮肉っていた。それから20年以上が経って、ネットは変わらず匿名のコミュニティでもあり続けているが、オンラインサービスに私たちのプライバシーがトラッキングされるようになり、基本実名のFacebookのユーザーが17億人を超えた。ネットを通じて時に「15 minutes of fame」が起これば、大炎上も発生する。「On Fire」の最初の2コマだけが一人歩きしてネットミーム「This is fine」となったのは、犬を囲む炎と煙が炎上を思わせるのが一因だ。

しかし、「This is fine」はネットの炎上に限らず、色んなトラブルに絡めて幅広く使われている。ナンセンスな笑いが多かった過去のネットミームに比べて、「This is fine」というセリフが「これでいいのだ」と同じように、悟りが感じられるニュアンスで上手く使うとどこかスマートな風刺や笑いになる。だから、作者のKCグリーンは著作権を主張することなく、様々な「This is fine」が誕生する現象を楽しんでいた。ところが、下のツイートのように共和党が「This is fine」を政治的に利用したのにはちょっと違うものを感じたようだ。

「This is fine」を使ってネットユーザーにアピールしたつもりが……

KCグリーンはまず、政治的なコミックを配信するThe NibのTwitterを通じて下のイラストを公開した。

さすが本家!と言いたくなる風刺のキレ

「This is fine」の犬を象に変えたイラストだ。象は共和党のシンボルである。それにThe Nibが「私たちはこの作品を作ったアーティストに原稿料を支払っています。その結果、できたのがこれです」というコメントを付けた。作者の許可にこだわっているのではない、共和党の「This is fine」の使い方を皮肉っているのだ。

続いてThe Nibでコミック「This is Not fine」を発表した。その中でも共和党には全く触れていないが、「This is fine」の犬を象に変えたツイートの経緯を知っていたら「This is Not fine」が共和党のツイートに対するものだと容易に想像できる。

一連の騒動はKCグリーンが民主党支持の立場から起こしたと思っている人が少なくないが、そうではない。今年の大統領選は民主党がヒラリー・クリントン、共和党はドナルド・トランプと二大政党のどちらからも国民から支持されているとは言いがたい候補が選ばれた。奇妙な状況である。グローバリゼーションとポピュリズム、ベビーブーマーとミレニアルズ、格差の拡大など、様々な問題からひずみが生じる危うい状況になっている。共和党としては、クリントンが燃えさかる部屋の中で「This is fine」と言っているようなものと言いたいのだろうが、候補者選びでもめにもめた共和党だって似たようなものである。

どんな時でも「これでいいのだ」が通じるわけではない。今年の大統領選に絡めて「This is fine」を使うのは、問題をごまかしているだけでジョークにはならない。だから、「これでいいのだ」と笑い飛ばせない今の風刺として「This is Not fine」を発表した。

「This is Not fine」を宣伝するThe Nibのツイート

ブルース・スプリングスティーンやニール・ヤング、R.E.M.、ローリング・ストーンズなど、大きな選挙においてミュージシャンが自分たちと主張が異なる政治家や党の集会で自分たちの楽曲が使われるのに抗議や拒否した例は過去にあったが、イラストレーターが抗議するケースは私が知る限りでは初めてである。風刺コミックの世界では、過去にパロディが元ネタの著作権を侵害しているのはないかという騒動が度々起こっているが、ミームの使い方でオリジナルの作者が文句を付けているのもユニークなケースである。

ネットが選挙に大きな影響を及ぼすようにならなければ、こんな騒動は起きなかっただろうし、KCグリーンがネットで活動するイラストレーターでなかったら、ネットミームを巡ってイラストレーターが作品の価値を主張することもなかっただろう。そもそもKCグリーンが共和党の「This is fine」に文句を言える立場なのかも議論が残るところで、現実的にKCグリーンが共和党の利用を止めることはできなかっただろう。それが分かっていたから、KCグリーンは直接的に意見を述べるのではなく、イラストレーターらしく作品で主張した。そんなKCグリーンの風刺がまたネットで話題になり、彼のイラストレーターとしての評価はアップした。KCグリーンには「This is fine」 の著作権料は入ってこないが、彼は”This is fine”ドッグのキャラクターグッズのKickstarterプロジェクトをスタートさせ、すでに目標額の10倍以上を集めている。「This is fine」のネットミームとしての価値を守ることが、ちゃんとビジネスモデルにつながっている。