世界50カ国以上で6500万人を超える会員を抱える動画配信サービス「Netflix」が9月2日から日本国内でサービスを開始する。このような欧米企業の日本進出は安易に"黒船"と表現されることが多いが、Netflixの場合、攘夷や開国といったニュアンスも踏まえ、真の黒船と言える。もし日本のコンテンツ製作者が開国に本気で取り組むなら、日本の作品を世界に問えるチャンスになる。

日本で提供する作品が具体的に明らかになっていなかった7月中旬、4-6月期決算発表時にグローバル展開に話題が及んだ際、Netflix CEOのReed Hastings氏が日本についてコメントした。

まず、2011年のHuluの日本進出に触れて、Huluがつまずいたのは料金が月額1480円と高額だったうえ、海外のドラマやテレビ番組ばかりでローカル・コンテンツが少なかったのが原因だったと指摘。Netflixは日本に根付くため、最初からユーザーにとってより魅力的な価格設定で、ローカルのオリジナル・コンテンツも提供すると明言した。ただし、日本での成功には時間がかかると付け加えた。

「日本はブランドに対してとても慎重なユニークな市場である。おそらくサービスを軌道に乗せるのに、われわれにとって最も時間のかかる市場になるだろう。しかし、ひとたびブランドを受け入れたら、日本の社会は深い関わりを持ち続けてくれるから、長期的にはわれわれにとって重要な市場の1つになり得る」

日本ではTV放送と競争するような有料のコンテンツ配信サービスが普及しにくいということを踏まえた発言である。特にNetflixのような欧米の企業が、人々の日常にまでサービスを浸透させるのは難しい。それでも東アジアへの進出の入り口として、急成長中で市場の大きい中国ではなく日本を優先した。それは、Netflixがグローバル戦略を遂行するうえで、日本が魅力のある市場であるからだ。

連動するオリジナル・コンテンツとグローバル展開

筆者は、NetflixがDVDレンタルのオンラインサービスのスタートアップだった頃から同社のサービスを使い続けている。Netflixが米国で急成長できた理由は2つある。「それまでの常識を覆すサービス」を提供し、しかもそれが「消費者のためのサービスで、消費者にとって便利なサービス」になっていたためだ。

NetflixがDVDレンタルのオンラインサービスを始めた時、まさかDVDレンタル・チェーンがなくなるなんて誰も想像もできなかったが、Netflixが便利すぎて、あっという間に米国の街からDVDレンタルストアが姿を消してしまった。映画やTV番組のストリーミングにしても、2007年にサービスを開始した頃は「携帯からPC、HDTVまでインターネットに接続しているすべての画面で利用できる」とNetflixがアピールしても消費者の反応は鈍かった。ところが、ブロードバンドがデスクトップPCからWi-Fi、そしてモバイルへと広がるにつれて、その便利さに多くの消費者が気づき始め、いつの間にかDVDがまったく売れなくなってしまった。

そのNetflixが今取り組んでいるのがオリジナル・コンテンツとグローバル展開である。この2つは関係ないようでいて連動しているプロジェクトだ。

Netflixが米国以外にサービスを拡大し始めたのは2010年9月、少し後の2011年にオリジナルコンテンツの獲得に乗り出した。そして「House of Cards」「Orange Is The New Black」「The Square」など、オリジナルドラマがエミー賞を獲得し、それらを武器に市場を拡大してきた。しかし、そのままでは英語圏のサービスにとどまってしまう。Netflixが目指しているのは、米国から世界への一方通行ではなく、あらゆるコンテンツをグローバルに配信するサービスである。

今年の8月28日にスタートした「Narcos」はドラッグ問題を扱った犯罪ドラマで、米国のドラマであるもののラテンアメリカでの関心も高い。そして年内にはGaz Alazraki監督のスペイン語オリジナルコメディシリーズの提供が始まる。同監督の「We Are the Nobles」はメキシコ史上2位の売上を記録しており、英語圏でも同監督の新シリーズを心待ちにしているNetflixユーザーは多い。そして日本でのサービス開始に伴う日本語コンテンツの提供開始だ。

ラテンアメリカ版のNetflix

Netflixは有料のオンデマンドサービスだから民放のようにスポンサーの制限はないし、TV放送のような時間枠の制限もない。趣味性が強かったり、実験的な内容であったりなど、従来のTV番組としては製作できなかった作品でもサポートできるのが、オンライン動画配信サービスのメリットだとNetflixは考えている。日本だけでは製作に十分な視聴者を集められなくても、グローバル規模だったら可能になるかもしれない。Netflixがグローバルに市場を広げるほどに、コンテンツ製作実現の可能性が広がる。

Netflixの日本進出に対して、私たちはNetflixがどれぐらい日本のコンテンツをそろえられて、同社がどれほど日本市場について理解しているか、Netflixを日本のサービスとして見極めようとしている。日本において、日本の消費者に使われるのだから、私たちがNetflixを日本のサービスとして評価するのは当然である。

しかし、同時にNetflixがグローバル規模のサービスでもあることも意識するべきだ。日本人のために日本で作られたコンテンツに世界の6500万人がリーチできる可能性があり、Netflixを通じて世界の視聴者からの反応や意見といったデータを収集できる。これは日本のコンテンツ製作者にとって大きなチャンスになる。Netflixが東アジアで初のサービス提供国に日本を選んだのは、DVDレンタルやこれまでのストリーミング動画配信サービスを通じて、日本のコンテンツが世界の人々に受け入れられてきたデータに基づいた判断だろう。

海外を意識することと国内向けのコンテンツにはズレがあるかもしれないし、言葉の壁もある。でも、日本の作品が海外のトップ100チャート入りしたり、海外で話題になったりしたら、日本でのNetflixに対する認識が変わるだろうし、逆に日本以外の国のオリジナルコンテンツへの関心も高まりそうだ。それが日本でNetflixというブランドが受け入れられるということではないかと思う。