Apple関連のニュースブログThe Loopの編集長であるJim Dalrymple氏がApple MusicのトラブルでCDからiTunesに取り込んだ4700曲を失ったという衝撃的な投稿が数週間前に大きな話題になった。一体どんなことをしてすべてを失ってしまったのか、原因ははっきりしないのだが、どうもiTunes MatchとApple MusicのiCloudミュージック・ライブラリ機能のトラブルであるようだ。

ほかにも、iCloudミュージック・ライブラリでクラウドにマッチさせた曲が他のアルバムの曲に置き換わったなど、特にクラウドライブラリ機能に関してApple Musicを巡るさまざまなトラブルが報告されている。

サービスのバグ、iTunesのわかりにくいインタフェースによる操作ミスなど、原因の指摘もさまざまで、このように何が起こるかわからない状態ではApple Musicに手を出せないと思う人も多いだろう。ちなみに、筆者はDalrymple氏と同じようにiTunes Macthも使用しているが、長年使って肥大化したiTunesライブラリではなく、Apple Musicの開始を機に新しいライブラリを用意して、まずは試用感覚で使い始めた。いくらか混乱はあったものの、CDから取り込んだ音楽が消えてしまうというような惨事には見舞われず、iTunesが12.2.1にアップデートされた後は順調にApple MusicとiTunes Matchを共存できている。

CDから取り込んでiTunes MatchでiCloudにマッチさせた曲、うまくマッチせずにアップロードされた曲、Apple Musicライブラリからマイライブラリに登録した曲、iTunes Storeで購入した曲など、さまざまなソースの曲が混在する「マイミュージック」。ゴチャゴチャしているが、MacBook AirやiPhone、iPadでも自分の全ライブラリとApple Musicライブラリにアクセスできるのはとても便利

逆に、iTunes Matchも契約しているためか、別のアルバムの曲に同期されるというような問題は起こっていない。Kirk McElhearn氏によると、AppleはApple Musicライブラリの音楽マッチにオーディオ・フィンガープリントを用いずに、シンプルにメタデータだけでマッチさせている。そうであれば、メタデータ情報の書き方によっては通常のスタジオ録音盤に、ベスト盤の曲が入り込むといったことが起こっても不思議ではない。McElhearn氏はメタデータ頼みのApple Musicのクラウドライブラリ機能に立腹していて、iTunes Matchでオーディオ・フィンガープリントを用いているのだから「Apple Musicでも使うべきだった!」とダメ出ししている。

それは一理なのだが、筆者はこれを機にCDや音楽ファイル、音楽サービスの曲に付与する情報をもっと充実させるように意識を改める必要もあると思う。これは今回のApple Musicのトラブルに限らず、Apple Musicを使い始めるずっと前から感じていたなのだが、これまでのメタデータで提供されている情報は、ストリーミングやクラウドライブラリを用いた音楽の新たな楽しみ方を提供できるチャンスをつぶしてしまっている。

典型的な例がストリーミングサービスにおけるクラシックの検索である。例えば、ベートーベンの交響曲第9番を聞きたい場合、「ベートーベン」や「交響曲第9番」で検索すると大量の作品が結果に並ぶ。作曲者や作品に対して録音が多すぎて、カジュアルな音楽ファンはこの時点でお手上げである。レナード・バーンスタイン指揮に絞り込んだとしても、バーンスタインはニューヨーク・フィル、ウィーン・フィル、そしてベルリンの壁崩壊後にさまざまなオーケストラの混成メンバーによる演奏も指揮している。さらに検索を難しくしているのが、あやふやなアーティスト欄だ。今日の音楽サービス内の楽曲は「アーティスト」「曲」「アルバム」を軸に整理されているが、この場合のアーティストは誰なのか? バースタイン? ベートーベン?、それともオーケストラ? ソロイストもアーティストにふさわしいが、ニューヨーク・フィル盤だけで複数の有名なソロイストが存在する。

ほかにも、タイトルに英語と別の言語が混在していたりして、ストリーミングサービス内に目的の1枚が存在するのに見つからない(存在しないも同然)ということになってしまう。これはアーティストやレコード会社にとってもったいないことである。

Appleは「iTunes Store Music Data Standards and Style Guide」という音楽データ入力のガイドラインを公開している。60ページのボリュームで、クラシックにも7ページが費やされている。ローカルのiTunesライブラリで管理しているすべての曲が、このガイドラインに従っていたらiCloudミュージック・ライブラリのミスマッチは大幅に減少すると思う。検索でも絞り込みやすくなる。それでも、ストリーミング音楽サービスを楽しむには物足りない。

すでに3000万曲以上を超え、日々増え続けているストリーミング型音楽サービスから、自分が楽しめる新しい音楽を効率的に見つけるのは至難の業だ。だから、プレイリストの共有やキュレーション、おすすめ機能が重視されている。GoogleやSpotifyは機械学習を生かしてユーザーの好みに合う曲をオススメし、Apple Musicは音楽のエキスパートが専門知識を生かしたプレイリストを提供している。「T・ボーン・バーネットがプロデュースした作品集」「Beckのソフトな一面」「ツインドラムの名曲」など、筆者のApple MusicのFor Youには日々ユニークなプレイリストが表示される。これを毎朝チェックするのが楽しみだ。こうした曲の聴き方はCD時代やダウンロード販売時代には味わえなかったものである。

今日の筆者のFor Youは「モリッシーのポリティカルソング」と「世代を超えたラップ・コラボレーション」

同時にこうした音楽の聴き方を自分でも作成したいとも思う。例えば、メタデータにプロデューサ欄があったら、特定のプロデューサがプロデュースした作品を簡単に集められるし、バンドメンバーと担当楽器が記録されていたら特定のギタリストやベーシストが関わった作品だけを集められる。歌詞に含まれる語句で絞り込むのも面白そうだし、ビートや曲調を指定できたら気分に応じたBGMを自分で作成できるだろう。

Apple MusicでもSpotifyでも「Bill Bruford」と検索して表示されるのは主にソロ名義の作品だけである。でも、「Bill Bruford」なんて検索する人の中には、Yes、King Crimson(聞き放題サービスには未登場)、Genesis、UK、Earthworks、Anderson Bruford Wakeman Howeなど、ビル・ブラッドフォードのドラムを通じてプログレの歴史に触れようとする人が少なくないはずだ。いつかは筆者のFor Youに「ビル・ブラッドフォードが叩いた作品集」というプレイリストが届くと思う。でも、自分でもそんなプレイリストを簡単に作れてこそ、3000万曲以上の曲をさらに楽しめると思うのだが、どうだろうか?