Bloombergが先週、「独占! GoogleがUberと競合するサービスを開発」と報じたのが大きなニュースになった。Googleがライドシェア用のアプリを試しており、いずれUberに対抗するようなサービスを自動運転カーで展開する可能性を指摘している。

そのレポートに対し、Wall Street JournalのDigitsが関係者から聞いた話として、アプリはGoogle社員が通勤時の相乗り相手を探すためのものでしかないと報じた。ライドシェアという点では同様の内容だが、先に新サービスがあるという野心的な試みではなく、自動運転カーの開発プロジェクトとも関係のないという。Bloombergの意気込んだレポートにDigitsが冷や水を浴びせた形だ。

自動運転カーが実用化されたら、自家用車が減り、レンタカーやタクシーの利用が増える可能性は以前から指摘されていたが、今回はWeb企業であるGoogleが自動運転カーのプラットフォームにとどまらず、自らタクシー事業を展開するというところが耳目を引いたのだと思う。Digitsが指摘するように、現時点でGoogleの社員用ライドシェアアプリは社員向け以上のものではない。Googleがタクシー事業に参入する根拠とするには弱い。だからといって、Googleが畑違いのタクシーサービスを始める可能性がゼロとは言い切れない。

あまり知られていないが、Googleはすでに本社を置く米マウンテンビューで公共バス・サービスの提供を始めている。

サービスが始まったのは1月。1周当たり1時間程度の路線を1時間に2本のスケジュールで、時計回りと反時計回りの両方で運行している

Googleが運行するバス・サービスは「Mountain View Community Shuttle」(以下、Googleバス)という名称だ。Googleのオフィスを回るバスを市民にも開放していると勘違いしている人が多いが、そうではなくマウンテンビュー市の駅、市役所、病院、図書館、ショッピングエリア、繁華街などを周回(Googleの本社やオフィスには行かない)する独立したシャトルバスだ。誰でも無料で利用できる。

車両には、シリコンバレーのスタートアップ企業のMotivが開発したelectric Powertrain Control System (ePCS)を搭載した電気自動車(EV)を使っている。ePCSは一般的なバッテリーパックとモーターを使って、通常のトラックやバスの車体でEVを実現できる技術だ。Googleバスは自転車ラック、車いす用の昇降台を装備し、社内では無料Wi-Fiでインターネットに接続できる。

MotivのePCSを採用したGoogleバスは、通常の小型バスを改造した電気自動車

乗ってみると快適だし、普段よく行く場所に効率的に移動できるのでとても便利だ。不満があるとしたら、Googleらしさの象徴と言える無料Wi-Fiが安定しないこと。

Googleバスはパイロットプログラムという位置づけで、現時点で2年間の予定とされている。Googleは同サービスを提供する目的を「街を走るガソリン車の削減」と「地元コミュニティのサポート」としているが、誰もそんな説明を真に受けてはいない。

「温暖化対策」「地元の人の足」と言われると納得しそうになるが、本当にそれらが目的であったら持続性が優先されるべきである。Googleバスでは車内で広告を見せられるわけではなく、Googleのサービスの使用を押しつけられることもない。Googleが一方的にコストをかぶっている状態であり、このままで無料EVシャトルバスが他の都市に広がるとは思えないし、それどころかマウンテンビューでも2年後に更新されるか怪しいと思う。

つまり、温暖化対策は表向きの理由であって、実際のところはGoogleの実験的なプロジェクトの1つであると考えるのが自然だ。

近い将来に姿を消すインターネット

では、GoogleバスでGoogleは何を試しているのだろう。Googleバスが停車する場所は、公共施設や毎日の生活で市民がよく利用する場所であり、その多くでは無線Wi-Fiを利用できる。公共性を考えたら、いずれはすべての場所で利用できるようになると期待できる。

今年のダボス会議でGoogleのEric Schmidt会長が「近い将来にインターネットが姿を消す」と発言したのが話題になった。これはインターネットがなくなるという意味ではなく、センサー類やネットに接続する機器が世の中にあふれ、まったく気にならないほど身の回りの至るところに存在するという意味だ。

2000年代にWeb 2.0という言葉を広めたTim O'Reilly氏は「IoT(Internet of Things)とは、Human Augmentation (人々の拡張)である」と述べている。そして、人々がセンサーを身につけ、データに基づいた判断を下すようになるとアプリケーションも大きく変化すると指摘する。

その意味で、UberはIoTの可能性を生かしたIoT企業の草分けだ。Uberの運転手はスマートフォンで拡張されたタクシー運転手(リアルタイムでロケーションを発信するなど)であり、Uberの利用客もまた拡張された乗客(リアルタイムでUberカーの位置を把握など)である。IoTというと「モノのインターネット」という名称から、スマートウォッチやGoogleが開発している自動運転カーのような、これから登場するIoT機器を人々は想像するが、すでにIoTソリューションは私たちの身の回りに存在している。「あらゆることにコンピュータ・ハードウェアとソフトウェアを介在させることがIoTだ」とO'Reilly氏は述べている。

日本にいながらメジャーリーグのスコアをリアルタイムで確認できたり、海外のエンジニアとチャットできたりなど、場所を問わない情報へのアクセスやインタラクションを実現するのがインターネットである。でも、それはPC時代の話で、スマートフォンの普及を経て、IoTの時代では現実の世界にインターネットがとけ込んで私たちのリアルな生活を拡張してくれる。PCの前に座っていなくても、普通に生活することがネット利用に結びつく。

だから、現実の世界で人々を動かし、より便利に、より活発に活動させることに、これからのWeb企業やアプリ開発者のチャンスは広がる。Googleが社内でライドシェア・アプリを試し、マウンテンビュー市で無料シャトルバスを運行しているのは、インターネットが姿を消す将来に向けて人を動かす実験ではないか……というのが私の推測だ。

東京オリンピックに向けて、海外からやってくる人たちを対象としたWi-Fiの接続環境の整備が進んでいるが、それは2015年時点の課題でしかない。2020年にはIoT時代のアプリやサービスが台頭してきているはずだ。海外から来た人たちがインターネットの存在を意識せずに済むような接続環境の整備はもちろん、快適に滞在できるように日本国内でもUberのようなアイデアを持ったIoT企業が成長することが望まれる。