前回、Appleが米国で提供しているサブスクリプション型の音楽ストリーミングサービス「Beats Music」(月額9.99ドルで2000万曲超を聞き放題)がどのようなサービスであるかを紹介し、「いずれポストiPod時代のAppleの音楽事業を下支えする存在になる可能性も」と書いた。ところが、22日にTechCrunchが「Apple Plans To Shut Down Beats Music (AppleがBeats Musicの閉鎖を計画)」と報じた。

「まいったなぁから」という気分で記事を読んでみると、実はサービスの閉鎖ではなく、Beats Musicというブランドでのストリーミングサービスの提供を改める可能性を指摘する内容だった。

ただ、ショッキングなタイトルだけで内容を判断してしまった人が多かったらしく、その後、タイトルそのままの「Beats Music閉鎖へ」という解釈でニュースが拡散。

この現象は一般読者にとどまらず、Re/CodeでPeter Kafka氏まで「TechCrunchの記事のタイトルにあるようなBeats Musicの閉鎖を、なぜAppleが計画するのか? 答えは『閉鎖は誤り』だ」と書いた。

もちろん、Kafka氏は勘違いしたのではなく、安易に「shut down (閉鎖)」という言葉を使ったTechCrunchの上げ足をとったのだろう。同氏はTechCrunchのレポートについて「事実ではない」と述べたApple広報のコメントを紹介したうえで、Appleの事業に詳しい人たちからの情報として、Appleがサービス名の変更を含めて長期的にストリーミングサービスに手を加えていく可能性を指摘している (TechCrunchのJosh Constine氏は記事をアップデートし、Kafka氏の記事内容が「自分のソースが言っていたことに一致する」と付け加えた )。

デジタルダウンロード・ユーザーでもある有料ストリーミングユーザー

サービス閉鎖というまったく逆方向の議論に発展してしまったが、Constine氏やKafka氏が指摘したように、Appleがサービス名を含めてBeats Musicを変えていくとしたら、それは音楽配信がデジタルダウンロードから次の時代に移る可能性をはらむ。TechCrunchの報道は、Appleがダウンロード販売からサブスクリプション型の音楽ストリーミングサービスに軸足を移すのか、移すとしたらいつなのかが論点になるべきだった。

RIAA(米レコード協会)によると、2013年に米国の音楽売上は前年比0.3%減だった。内訳は以下の通り。

  • CDやレコードなどディスク:12.3%減
  • デジタルダウンロード:1.0%減
  • 有料ストリーミング:57%増

2012年まで伸び続けてきたダウンロード販売が2013年に下落に転じ (Nielsenによると2014年1-3月期は13.3%減に下落が加速)、CD市場の縮小にも歯止めがかからず、ストリーミングの成長で何とか前年並みの売上を保てた形だ。

ただし、この数字から、すでにダウンロード販売から有料ストリーミングに主流が移り始めていると思うのは早計だ。有料ストリーミングの成長を主張する記事には増減の比較だけが用いられているケースが多いが、併せて市場の規模も見る必要がある。

  • CDやレコードなどディスク:22億7000万ドル
  • デジタルダウンロード:28億ドル
  • 有料ストリーミング:6億2800万ドル

デジタルダウンロードやCD/レコードに比べると有料ストリーミングの規模はまだ小さい。今後デジタルダウンロードが10%強で縮小し、有料ストリーミングが現在のペースで伸び続けたとしたら、ストリーミングが音楽ビジネスの主流になるのは3年後ぐらいになる。

音楽を提供する側が意識すべきは、これは進化であるということだ。レコード/CD世代ほど音楽を所有しようとし、若い層ほどサブスクリプションを好む傾向が見られるものの、世代が変わったからサブスクリプション型のストリーミングが主流になるのではない。

MIDIAの調査によると、ストリーミングユーザーの多くが、CDやデジタルダウンロードの利用者であったことが明らかになった。有料ストリーミングサービスの利用者の50%が毎月ダウンロードで音楽を購入し、45%が毎月CDを買っていた。また、無料ストリーミングサービス利用者は27%がダウンロードで音楽を購入し、40%がCDを買っていた。

CD購入者の多くがデジタルダウンロードを利用するようになり、デジタルダウンロード利用者の多くが有料ストリーミングを契約している(出典:MIDIA)

つまり、音楽好きが新たな音楽サービスやフォーマットに興味を持って利用するというわけだ。だから、あまりにも早い時期に有料ストリーミングに軸足を移すなどタイミングを誤ると、ストリーミングの成長とダウンロード販売の縮小のバランスが崩れて市場を縮小してしまうが、タイミングよく便利でより音楽を楽しめる方法を提供することは市場の活性化に繋がる

Appleがもたもたしているうちに、Spotifyがストリーミング市場を席巻するという声もある。ユーザー数を比べると、2014年3月時点でSpotifyの有料ユーザーは約600万人、iTunes Storeで音楽を購入している人は約2億人である。AppleはiTunes Storeのデジタルダウンロード利用者の3%を有料ストリーミングに移行させたら、Spotifyに追い付ける。これはAppleにとって困難な数字ではない。つまり現時点で、SpotifyはAppleのライバルではなく、まだ余裕を持ってストリーミングサービスを改善させながら軸足を移す時期を窺うことができるのだ。

iTunes Storeのデジタルダウンロードと有料ストリーミングサービスのアクティブユーザーの差はまだまだ大きい(出典:MIDIA)

さて、ストリーミングサービス業界において今後の注目点になりそうなのが、SpotifyのIPO(新規株式公開)である。これが不調に終われば、コンテンツをサービスとして提供するサブスクリプション型に疑問符が付くだろう。一方、もし成功に導くことができれば、SpotifyはAppleが意識する存在になり得る。ひいては音楽だけではなく、映画・TV番組、ゲームなど幅広い分野でサブスクリプション型のストリーミングへの移行が加速しそうだ。