米国でティーンエイジャー向けのファッションブランドが低迷している。8月18日にAeropostaleのCEOが退任した。Abercrombie & Fitchは「ブランドロゴ戦略に効果なし」と、商品に大きくロゴを付ける戦略から撤退、これからはファッションで勝負するという。今年1月にはAmerican EagleのCEOが退いており、同月にAbercrombie & Fitchも経営体制を見直した。こうしたティーンに人気だったブランドに代わって成長しているのが、H&Mやユニクロ、Forever 21といったファストファッションである。

米国で次々に新店舗をオープンさせているユニクロ

ティーン向けブランドが低迷し始めたきっかけは、世界金融危機を発端とする不景気だった。ところが、景気が上向き始めてもティーン向けブランドはなかなか回復しない。それどころか下落に拍車がかかっている。当初はファストファッションの浸透で価格破壊が起きた影響が指摘されたが、それだけでは説明しきれない。いつの時代でもおしゃれや目立つことに出費をいとわない層がいるものだが、そうした層からの需要も芳しくない。ティーン向けブランドが低迷しているというよりも、ティーンエイジャーのブランド離れが進んでいるという様相だ。

ティーンのあこがれだった頃のAbercrombie & Fitchは値下げをしないブランドだったが、今はアウトレットも多く、しかもアウトレット店ですら閑古鳥

では、何が原因なのか。New York Timesは「Teenagers favor tech over clothes (服よりもテクノロジーを好むティーンエイジャー)」と指摘している。

「前シーズンのジーンズを履くなんて絶対に考えられないというティーンエイジャーは常に存在する。だが、それよりも多くが古いスマートフォンでテキストする方が耐えられないと見なし始めている」。

休みの日に家電量販店Fry'sに行くようなテクノロジー好きのティーンエイジャーが増えているという話ではない。休みにはショッピングモールを徘徊する普通のティーンエイジャーが、自分を表現する手段としてファッションよりもスマートフォンやヘッドフォン、ソーシャルサービスなどを優先し始めたというのだ。例えば、小売アナリストがティーンエイジャーのフォーカスグループを集めて、どのようなスタイルが次に流行るかとか、どんな服に興味を持っているかというような話題を振っても、会話は結局、次のiPhoneの話に戻ってしまうという。

アパレル市場の8割がターゲットに

3年ほど前にMarc Andreessen氏がWall Street Journalに寄稿した「Why Software Is Eating The World (ソフトウエアが世界を飲み込む理由)」が話題になったが、統計データからIT産業を分析するAsymcoのHorace Dediu氏が音楽や映画、書籍、コミュニケーション、流通などに続いて「次(に飲み込まれるの)はアパレル(Apparel is next)」と予測している。

ソフトウェア産業とは無縁であった産業が、突然ソフトウェアとネットによる産業構造の変革に飲み込まれる。この変化に対応できれば、新たなビジネスチャンスを手にし、顧客に新たな価値や利便性を提供できるが、ソフトウエア化の波に乗りきれない企業は、たとえ歴史を積み重ねてきた伝統的な企業であっても過去の存在になってしまうというのがAndreessen氏の指摘である。

アパレルが次になりそうな理由は、コンピューティングデバイスが身につけられるほどに小型化していることが1つ。アパレル産業は1.2兆ドル市場だが、防寒など必要な服の支出は約20%に過ぎない。残る80%はおしゃれやクールに見せたいという欲を満たすものだ。つまり、必ずしもファッションである必要はない。実際、米国においてスマートフォンやソーシャルサービスがティーンの欲を満たすものになろうとしているのだ。米国のアパレル市場におけるティーンの割合は15%程度だが、流行に敏感な層であり、起爆剤となって社会を動かす力を秘めた層でもある。だから、今ファストフード店がティーンをつなぎ止めるためにWi-Fiサービスを必ず用意しているのと同じように、ティーン向けブランドもスマートフォンユーザーをつかむ何かを提供しないと衰退の一途をたどることになりそうだ。

一方スマートフォン産業に目を向けると、ティーンの変化を意識しているメーカーがごくわずかなのがもったいない。相変わらずスペックを前面に押し出した広告が目立つ。次期iPhoneの登場に備えて、iPhoneとGalaxyを比較して「ずっと前から大型画面」と自慢しているSamsungの広告は、納得というよりも、「ずっと前から、僕はそれ着てたから」とわざわざ声を大に自慢しているようでなんだか格好悪い。

Appleが近年ライフスタイルをテーマにしたマーケティングを好んでいるのは、アパレル市場の80%を同社が強く意識しているからだろう。今月のイベントで、噂通りにディスプレイが大きく、NFCを搭載したiPhoneが登場しても「すでにAndroid端末に採用済みで新味がない」と言われるかもしれない。でも、それはPC時代からのものさしであって、テクノロジーよりもおしゃれや自分を表現するためのツールとして捉えている人たちの評価はまったく異なるものになるかもしれない。彼らは技術うんぬんよりも、それで何ができるか、役立つか、カッコよいか、または感じるものがあるかというような感情で評価する。その先には、アパレル産業が牛耳っていた大きな市場が存在するのだ。

テクノロジーよりもおしゃれに興味のある消費者の心をつかむスマートフォンといったら、従来のものさしなら「普通のユーザー向けの軟弱なスマートフォン」と思われそうだが、消費者の感情が左右するアパレル市場の80%をつかみ取るのは容易なことではない。20年ぐらい前にAbercrombie & Fitchが急成長し始めた時、同社は細マッチョなティーンに絞り込んだイメージ戦略を打ち出した。そんな高校生は周りには1人もいなかったが、そのコンセプトを形(=太めのティーンには入らない)にした商品ラインナップを揃えるという思い切りの良さで、結果的にティーンのあこがれのブランドになった。初めてAbercrombie & Fitchの店舗に入った時、普通のアパレルショップとは異なる現実歪曲感に驚いたものだ。あの頃のAbercrombie & Fitchのような存在にAppleが収まることができたら、それはもうエポックメーキングなことである。