6月2日に、書き込みの殺到によって連邦通信委員会(FCC)のコメントシステムがしばらくダウンした。

きっかけは、先々週のLast Week Tonightショーでジョン・オリバーが披露したニュース解説芸だ。番組はHBOのプログラムだが、「ネット中立性の危機」を扱った13分のネタがYouTubeでも公開され、それが爆発的に広まって、ネット中立性問題に関心を持った人たちがFCCのコメント欄に向かった。ダウンした日の書き込みは、大半(約94%)が「ネット中立性」の支持を訴えるものだった。

プレミアケーブルチャンネルHBOで、日曜夜に放送されれているトークショー「Last Week Tonight with John Oliver」

米国では、ケーブル会社や通信キャリアなどインターネットサービスプロバイダー(ISP)が、料金を支払うコンテンツプロバイダーに高速な接続を用意する「ネットの有料高速車線」を普及させようとしている。その自由を認めたらISPが料金を支払うサービスを優遇し、無料でネットワークを使用するサービスを虐げる可能性がある。しかしながら、FCCも有料高速車線については認める見解を示している。ジョン・オリバーは「オープンで誰もが自由に使えるインターネット」を支持する立場から、これらを真っ向から批判した。

例えば、ISP側は有料高速車線を導入したら、これまでのインターネット接続が遅くなるのではなく、通信帯域を消費して不安定なサービスが、これまでよりも安定して速くなる可能性が加わると主張している。この発言を収めたニュースクリップを流した上で、オリバーはすかさず「Bullshit!(ウソつきめ!)」と攻撃を開始。「ケーブル会社に2つのスピードのサービスを認めても、それらはウサイン・ボルトとバイクに乗ったウサイン・ボルト(Usain Bolt on a motorbike)にはならない。ウサイン・ボルトといかりにつながれたウサイン・ボルト(Usain Bolted-to-an-anchor)だ」。

ISPに対立する陣営にも容赦なく、GoogleやAmazon、Facebook、Netflixなどがネット中立性サポートを表明していることについて、「彼らの提案の何がひどいかって、アクティビストと企業が不自然に同じ側に収まっていることだ。これってレックス・ルーサー(スーパーマンの宿敵の1人)がスーパーマンの部屋のドアをノックして、『聞いてくれ、オレたちの立場の違いは分かっているけど、でも一緒に3-B号室の嫌な野郎を叩き出そうじゃないか』と言っているようなものじゃないか」だ。

ネット中立性は、これまでスタートアップに成長の可能性をもたらしてきた。現在FCCを率いているトム・ウィーラー委員長はケーブル・通信産業の出身だが、FCCのWebサイトに掲載されている経歴を読む限りでは、スタートアップに理解のある人物のように見える。しかし……だ。昨年FOXニュースは次のように報じた。「オバマ大統領は、ケーブル・通信産業のロビー活動を率いてきたトム・ウィーラー氏を新しいFCC委員長に任命しました」。

「そう、驚くことにケーブル産業のロビー機関を仕切っていた男が、今は規制する側の政府機関の責任者に収まっている。これはベビーシッターが必要な時に、舌なめずりするディンゴを雇うようなものではないか」(ジョン・オリバー)。

さらにケーブル企業が、ネットワークを提供して出血奉仕している弱者を演じながら巨大化を進めているとも指摘している。米国のケーブルTVサービスは、独占を防ぐために地域ごとにサービスプロバイダが割り当てられている。例えば、サンフランシスコはComcast、ロサンゼルスはTime Warnerというように集中が避けられている。そのComcastとTime Warner Cableが合併合意に達した。サービス提供地域が重複していないから競争は維持されるというのが2社の主張だが、これに対してオリバーは「当たり前だ! そもそも(サービス提供地域に)競争相手がいないのだから競争が減ることなんてない。モノポリー(独占)をきちんと説明したければ、(ボードゲームのモノポリーにたとえて)ビューティコンテストで2位を獲得した後に、銀色に輝く帽子をかぶって、銀色に輝く車に乗っているのを見せなければならない」と皮肉った。

う~~ん、こうして文字にしても面白さが10分の1も伝わっていない気がするので、ぜひともこれを参考にしながらYouTubeで公開されている動画を実際に見て欲しい。

「ネット中立性」は一般的な興味を引く話題ではなく、米国でネット中立性という言葉を知っている人は少ない。それが、ネット中立性をサポートする人たちの悩みの種だ。ネット中立性の問題は全てのネットユーザーに影響が及ぶことなのに、サポートの輪がなかなか広がらない。たまにニュースで取り上げられるネット中立性は法律関連のニュースで取っつきにくいことこの上ない。

ジョン・オリバーは、それをソフトウエアの利用規約に喩える。iTunesの文字だらけで難解なユーザー規約を見せて、「これを目の当たりにしたら、誰でも読まずに条件反射的に『同意』を連打してしまう。だから、ネット中立性についても『ネット中立性の保護』を議論にするべきではないし、そんなフレーズは使うべきではない。それよりも、こう訴えるべきだ。『Preventing Cable Company F●●kery (ケーブル企業の愚かな行為を阻め)』と」。最後にFCCが120日のコメント期間を用意していることを紹介して、「fccc.gov/comments」というアドレスを示した。そして、FCCのコメントシステムがダウンする騒ぎになったのだ。

ジョン・オリバーのパネル芸は、メディアにも絶賛された。中には、LA Timesのジョン・ヒーリー氏のように「John Oliver finds humor in net neutrality, but loses the facts (ジョン・オリバーはネット中立性をお笑いに仕立てたが、事実とは異なる)」という否定的な意見もある。たしかに、ジョン・オリバーは専門家ではない。ただのコメディアンである。だから、本心からネット中立性を支持しているとは限らない。ケーブル産業・通信産業は攻撃しやすいからネタとして選んだだけかもしれない。でも、これまで専門家の説明では、肝心の普通のネットユーザーに伝わらなかった。オリバーのパネル芸は無茶なたとえやオチだらけだが、核心を外していない。決して「loses the facts」ではないから、これを見た多くの人がわずか13分でネット中立性のサポーターに早変わりした。情報番組で普通にコメントしているお笑い芸人も多いなか、コメディアンの仕事をして大きな結果を生み出した。

今回のニュース解説芸でオリバーが浮き彫りにしたのは、ネット中立性を支持する人々の声ではない。FCCのWebサイトをダウンさせるぐらいの反応が起こるのに、そんな重要な問題がこれまでユーザーに認識されることなく、関連産業の中だけで議論が進み、FCCのコメント公募も形骸化していたという事実である。