覚えていない人も多いと思うが、2005年にMotorolaが「Rokr E1」という初のiTunes搭載携帯電話をリリースした。待望のiPodと携帯の融合。Appleの9月のスペシャルイベントで大々的に発表されて、ニュースでも大きく取り上げられたが、それを手にした時の気持ちはまさに"コレジャナイ"だった。

たしかにiPod shuffle並みの機能を備えていて、携帯とiPodを持ち歩く必要をなくしてくれる製品だったけど、携帯として新しいものでは微塵もなかった。事実、Rokr E1が発売になっても携帯の利用体験は何も変わらず。そして、そのまま2年後のオリジナルiPhoneの登場まで、米国の携帯電話ユーザーの間に不満がくすぶり続けた。

iTunes携帯として話題になったが、販売成績は予測を大きく下回った「Motorola Rokr E1」

まだ実際に体験していないので判断はできないが、3月にAppleが発表したCarPlayにRokr E1の時と同じコレジャナイ感を抱いている。「自動車でのiPhoneの使用をより快適に」と言われても、どうも食指が動かない。すでに車内でSiriを含めてiPad miniを活用できるように整えているから、今よりもドライブが快適になるような気がしないのだ。

Bloombergに掲載された「BlackBerry Leads in Connected-Cars Market Google Covets (Googleが狙うネット接続自動車市場でBlackBerryがリード)」という記事がしばらく前に話題になった。

BlackBerryというとスマートフォンやタブレット市場で存在感を失いつつあるが、IT企業が将来の市場として狙うネット接続自動車(Connected-Car)市場ではライバルを圧倒している。BlackBerryが2010年に買収したQNXが、Acura、Audi、BMW、Chrysler、GM、Hyndai、Land Rover、Porsche、Saabなどに採用され、シェアは50%を超えるという。

さらにFordもWindowsからQNXへの乗り換えを検討しているという報道もある。Wall Street Journalによると、トラブルの多いSyncのタッチスクリーンインタフェースの見直しに乗り出したFordは、MicrosoftのプラットフォームやAndroidも検討した結果、QNXを高く評価したそうだ。

ちなみにQNXはAppleとパートナーシップを結んでおり、自動車メーカーはQNXを基盤にCarPlay対応に車載システムを拡張できる。QNXとCarPlayのどちらかを選ぶのではなく、今のところはそれぞれのメリットを共存させられる関係にある。

QNXがCES 2014で披露したQNXテクノロジのコンセプトカー

QNXが選ばれる理由はライセンスのコストがWindowsよりも安いこと、そして柔軟性、マイクロカーネル・ベースの安定性だ。Bloombergは「ソフトウエアのフリーズが事故に結びつくような厳しい状況において、安全なシステムとして運用されてきた記録がQNXを優位なものにしている」と指摘、さらに「QNXは標準と呼べる存在だ。それは証明されており、多くの人が認めている」というGuggenheim PartnersのアナリストMatthew Stover氏のコメントも紹介している。

インフォテインメント・システムがトラブルを起こしてもエンターテインメントやナビ機能を使えなくなるだけだから、信頼性にとことんこだわる必要はないと思うかもしれない。O'Reilly RadarでJim Stogdill氏が、BMWの「Predictive Drivetrain」を例に、信頼性や安定性をクリアしてこそネット接続自動車の本当の可能性が開けるとしている。Predictive Drivetrainは、GPSを使ったクルマの位置情報から、カーブや交差点の存在、道の変化を予測し、最適なギアチェンジを選択する。例えば、カーブの先に急な登り坂があれば、なめらかに上れる出力を確保できるギアを選択しておく。

安全かつ効率的で快適なドライビングというと、つまらないことに聞こえるかもしれないが、その3つこそドライビング体験の本質である。もしネット接続自動車が、それらを変えるものであれば、ドライビング体験が根幹から変わる。オリジナルiPhoneが携帯を変えた変化に等しいインパクトになるだろう。一方、車の中で快適に音楽を聴けたり、ツイートをチェックできるのは楽しいだろうが、それらはドライビングの本質ではない。だから、今のスマートフォン人気を呼び水にしたような車載インフォテインメント・システムへのアプローチからは、Motorola Rokr E1の時と同じコレジャナイ感が伝わってくるのだろう。

「ダッシュボードがブルースクリーンになっても構わないという人はいないけど、ネットラジオを聴いたり、ツイートを読むだけだったら、それで危機的な状況には陥らない。でも、エンジンやトランスミッションに信号を送っているなら、高いレベルの信頼性が求められる。モノリシックなシステムを区分して信頼性を確保するよりも、堅固なリアルタイムの組み込みシステムに洒落たビジュアルインタフェースを追加する方が簡単だ」(Stogdill氏)

だからといって、このままQNXが車載システムのOS市場の覇者であり続けるとは限らない。BlackBerryは信頼性から法人向けを中心にスマートフォン市場を牛耳っていたのに、数年で市場を失ってしまった。同じことがネット接続自動車でも起こるかもしれない。次世代自動車をリードするTeslaとAppleの接近も気になるところだし、信頼性を含めて自動車市場への深い浸透を考えているからGoogleはロボット自動車の開発に力を注いでいるのだろう。

今のネット接続自動車市場はまだ、iTunes搭載携帯が騒がれていた頃のようなスマートフォン市場に過ぎない。iPhoneの登場のような劇的な変化を体験できるのは先のことである。