ミュージシャンがスタジオで聞いている音で音楽を楽しめるというPonoMusicと専用音楽プレーヤー「PonoPlayer」。ニール・ヤングが創設に関わり、たくさんのミュージシャンがべた褒めするコメントを出しており、Kickstarterプロジェクトでは80万ドルの調達目標をわずか1日で達成してしまった。

一昨年にデビッド・レターマン・ショーでプロトタイプが公開された時から発売を心待ちにしていた。とりあえず最適なヘッドフォンを使って体験してみたいし、評判通りの音だったらすぐに買ってしまうだろう……というぐらいPono自体には興味を持っている。

ただ、Ponoをアピールするニール・ヤングの話を聞いていると何か違和感というか、イラっとする。スティーブ・ジョブズがiPodの音質に不満を抱いていて、自宅ではレコードを好んだという今となっては本人がコメントしようのない話を持ち出してアピールしていたからかと思ったが、そうではなさそうだ。

Kickstarterで提供されているアーティストのサインが刻まれた限定版PonoPlayer

ニール・ヤングは「今日の音楽のサウンド(圧縮音楽)の質には怒りを覚える。音楽と呼べるものではない。21世紀なのに、サウンドは最悪だ。78回転のレコードよりもひどい」と述べ、「自分が過去50年間実践してきたアートフォームを救いたい」という。そしてPono発表で、トム・ペティやノラ・ジョーンズ、スティング、エルトン・ジョン、ブルース・スプリングスティーンなど、錚々たるミュージシャンの絶賛コメントを目の当たりにして違和感の原因に気づいた。ミュージシャンがスタジオで聞いている音や最高の環境で聞くレコードの音に比べたら、確かに圧縮音源の音楽はほめられたものではない。でも、それはCDにも言えたことではないだろうか。

Ponoを絶賛しているミュージシャン達は、なぜもっと早くに「作品の質が損なわれている……」と言い出さなかったのか。オーディオCDの品質はまだ許せる範囲だったからとも受け止められるが、PonoはCDロスレス(16 bit/44.1kHz)をローエンド品質としている。となると、レコードよりも値段が高いCDが売れている間は声を上げなかったというビジネス上の理由を疑いたくなる。そして、いよいよCDが売れなくなって、ようやく「リスナーに最高のサウンド品質を」とか言い出したのではないか。リスナー第一で考えたら、そこは最優先するところじゃないかな。ハイレゾオーディオの音楽を販売するHDtracksがオープンしたのは2008年3月だ。Ponoを絶賛している錚々たる顔ぶれが、もしそれ以前からCDよりも品質の高いオーディオを推していたら、CDに代わる高品質なデジタル音楽市場がスムースに立ち上がっていたかもしれない。

ヘッドフォン用とアナログ出力の2つの出力ポート、タッチスクリーン、オン/オフ・ボタン、音量ボタンを装備

個人的にはPonoのようなプレーヤー/サービスが注目されることで、高品質なデジタル音楽を入手する方法が充実するのは歓迎である。だけど、圧縮音楽も「78回転のレコードよりひどい」と言われるほど劣悪ではないと思う。Ponoをアピールするニール・ヤングのように圧縮音楽をニセモノ扱いしてまで、24-bit/192kHzや24-bit/96kHzを持ち上げるのはアピールが過ぎるのではないか。

デビッド・レターマン・ショーでのPonoに関するニール・ヤングの発言に対して、Trust Me I'm a Scientistで「ハイレゾ・サウンドって必要?」というネットユーザーを対象にしたA/Bテストが行われた。256kbps AACファイルと24bit/44.1khz WAVファイルを用意し、ブラインドテストでどちらがWAVファイルかを投票してもらった。結果はというと、正答率は49%だった……。

圧縮音楽でもロスの抑制を意識してきちんと作成されていれば、CDロスレスとの差は縮められる。もしスピーカーやヘッドフォンに改善の余地があるならば、圧縮音楽のままでもCDロスレスやハイレゾオーディオで買い直すよりもずっと豊かに音楽を楽しめるようになると思う。24-bit/192kHzや24-bit/96kHzへの移行も改善策の1つだが、他の改善策もリストして、音楽をより楽しむという目的のために最も投資効果が高い方法を考えてみるべきだ。それに圧縮音源の音楽ファイルはサイズが小さく、使い勝手が良い。音の質とは関係がないが、そのメリットは多くの人にとって圧縮音楽を選ぶ理由になると思う。

Ogg Free Softwareコンテナを作成したChris Montgomery氏はXiph.orgで、人が音を聴く仕組みから「24/192 Music Downloads ...and why they make no sense」としている。われわれが認識できる範囲ではCDロスレス品質の16 bit/44.1kHzや16 bit/48kHzと、24-bit/192kHzの違いはわずかであり、「192kHzのデジタル音楽ファイルから得られる恩恵はないと言える。それどころか、再現性という点ではわずかに劣化する。再生中にウルトラソニックがマイナスに作用するのだ」という。

個人的には、少しでも高いオーディオ再現を追い求めるマニアの気持ちは分かる。これまでは、そこを突き詰めるのに大きな投資が必要だったが、今はPonoやソニーのハイレゾ対応プレーヤーと対応サービスで手軽に体験できるようになってきた。Montgomery氏の言うように、24-bit/192kHzや24-bit/96kHzが意味のないものなら残念だが、個人的にはこのチャンスを試さずにはいられない。