Kickstarterプロジェクトで資金集めに成功した支払いソリューション「Loop」を使い始めた。最初は試してみる程度のつもりで、あまり期待していなかったのだけど、これが驚くほど使えた。磁気ストライプ付きのカードをサイフに入れて持ち歩く必要がなくなるかもしれない。

飛行機のボーディングパスやコンサートの入場券など、紙のチケットを使う機会が少なくなってきたけど、なかなか無くならないのがサイフの中の磁気ストライプ付きカード。スターバックスなど、iPhoneのPassbookアプリを使える場所では極力活用しているものの、使える場所はまだまだ少ない。

米国では場末の中華レストランでも磁気ストライプ付きのクレジットカードで支払える。クレジットカード1枚あれば、現金を持ち歩かなくて済むような環境が整っているから、消費者は磁気ストライプ付きのクレジットカードに頼る。店側もクレジットカード端末機だけでお客の支払いに十分に対応できるから、NFC搭載スマートフォンが増えても、iOSにPassbookが追加されても、そうした方法の導入を試みない。スマートフォンを活用して、もっと便利で安全な方法で支払いを済ませたいと思っている人たちにはジレンマである。

Loopはクレジットカード端末機しか持たない店でも、おサイフ携帯の便利さを実現する。必要なものは2つ。磁気ストライプの読み取りスロットを備えた「Loop Fob」というデバイス(39ドル=約4000円)、そしてiOSアプリ「LoopWallet」(無料)だ。

「Loop Fob」とiOSアプリ「LoopWallet」

3.5ミリジャックを通じてiPhoneにLoop Fobを装着し、クレジットカードやATMカード、ストアカードなど磁気ストライプカードをLoop Fobで読み取ってLoopWalletに登録する。そして登録したカードからデフォルトカードを選ぶと、その情報がLoop Fobに保存される。これで準備は完了。

クレジットカードで支払う時に、クレジットカード端末機の磁気ストライプを読み取る溝の上にLoop Fobを置いて、Loop Fobの横のボタンを押すと、磁気ストライプカードをスライドするのと同じように、標準設定したカードの情報が信号を通じてクレジットカード端末機に送られる。「ピっ」と押したら、スムースに端末機が反応。カードをスライドするのと手間はあまり変わらないのだけど、初めて使った時は新鮮な感覚を覚えた。

クレジットカード端末の上でLoop Fob(シリコンカバーを装着)横のボタンを押すと、カードをスライドした時と同じようにプロセスされる

Loopはクレジットカード端末機の90%で使用できるとしている。実際これまで14カ所で使ってみて、12カ所ですんなりと処理された。大手スーパーや食料品店、ガソリンスタンド、銀行など、よく磁気ストライプカードを使っているところはいずれも大丈夫で、これならLoop Fobだけで買い物に出かけることもできそうだ。

Loop Fobに保存できるカードは1枚のみだが、iPhoneがあれば、LoopWalletで簡単にデフォルトカードを変更できるので、Loop FobとiPhoneの組み合わせで磁気ストライプ付きカードをすべて持ち歩ける。

ただ、ソリューションとして残念なところもある。Loop Fobは本体が大きな消しゴムぐらいのサイズで、キーチェーンに付けられるようにするシリコン製のカバーが用意されているが、それを付けると大きくなりすぎてポケットでおさまりが悪い。もうふた回りほど小さくなってほしい。

また、顔見知りではない店でLoopを初めて使うと詐欺を疑われる。小さなプラスチックの箱をクレジットカード端末機にあてるだけで、端末がプロセスしてしまうのだから当然と言えば当然だ。解決策として、登録したカードの写真を撮ってLoopWalletに入れておき、支払いはLoop Fobだけで済ませずに、Loop FobをiPhoneに挿した状態で、LoopWalletにカードの写真を表示して店員に見せながら支払うようにしている。

Loop Fobを挿して、LoopWalletでカードを選んで支払うことも可能。Loop Fob単体よりも、こちらの方がカードの画像を確認できるため店員に疑われずに済む

欲を言えば、Loop Fobの機能を内蔵したスマートフォンだが、AndroidやiOSがこうした仕組みを採用するとは思えない。磁気ストライプ付きカードが無くなるのが未来なら、Loopは磁気ストライプカードを延命させる技術だからだ。でも、こうしたつなぎの技術が果たす役割は大きいのではないだろうか。

例えば、iPod。最初からDRMでがんじがらめであったり、iTunes Music Storeからしか音楽を入手できないようなものであったら、音楽市場を変えるような存在にはなれなかっただろう。それまでの主流だったCDから自由に音楽を取り込めたからこそ、デジタル音楽プレイヤーや、PCで音楽を管理するスタイルの良さを多くの人に伝えられ、それが後のオンライン音楽ストア革命につながった。

ニューヨークタイムスの「Building a Better Battery」という記事の中で、"iPodの生みの親"として知られるTony Fadell氏 (現在はGoogleが買収したNestのCEO)が「新しいバッテリーテクノロジに期待したり、賭けるのは賢い判断とは思えない。バッテリーテクノロジの進化はとても遅いのだから、目標にたどり着くのを待ってはならない」と述べている。

新しいバッテリーテクノロジを否定しているのではない。そこに囚われると、目標が新しいテクノロジになってしまう。でも、リチウムイオン電池のままでも、省電力技術やソフトウエアの改善といった小さな一歩の積み重ねで、十分なバッテリー動作時間を維持しながらデバイスを薄型軽量・高性能化を実現できる。そうした端末の進化をユーザーが実感し続けられることで、やがてユーザーは大きな変化を受け入れるようになる。

NFC搭載携帯が増え、Google WalletやPassbookが登場しても、米国でスマートフォンのおサイフ利用が根付かないのは、それを実現する技術の問題ではない。多くのビジネスやユーザーが磁気ストライプ付きカードに満足しきっているからだ。磁気ストライプ付きカードが不要な時代に近づくためには、スマートフォンとの組み合わせで逆に磁気ストライプカードをより便利に使えるようにすることから始めるのが賢い戦略である。