Apple exploring cars, medical devices to reignite growth」というサンフランシスコクロニクルのレポートが、16日夕方に米国の全国ネットのニュースでも取り上げられた。記事はAppleの新分野開拓の可能性に関するものだが、ニュースの多くはAppleのM&A (合併・買収)案件の責任者であるエイドリアン・ペリカ氏が、昨年春に高級EV(電気自動車)を開発・販売するTeslaのイーロン・マスク氏 (CEO)と会談したことに焦点を当てていた。

TVでこのニュースを見て、普段はITやビジネス関連のニュースにまったく関心がない家内まで「アップルがテスラを買うんだ!!」と騒いでいた。それぐらい米国ではインパクトのある"噂"になっている。

このニュースを見た人を引きつけているのはAppleと自動車の意外な組み合わせだが、AppleとTeslaのマスク氏の組み合わせもワクワクさせるものだ。というのも、マスク氏には"あの人"を思わせるところが多々あるのだ。

2013年にTeslaの株価は5倍以上に上昇したが、マスク氏はTeslaが過大評価されていると公言している。昨年、Dell World 2013カンファレンス(同氏の登場は49分過ぎ)の基調講演にゲストとして招かれた時など、公開企業のCEOでありながら、株式市場を「病的に乱高下する」と評した。Teslaは株価の動きに左右さることなく、イノベーションに挑戦するのを基本姿勢とする。いずれ株価が適正な価格に戻ったら「株主から集団訴訟を起こされるだろう」と笑っていた。

柔らかい表現ではあるものの、言っていることは「株主に返しても、アップルの企業価値は上がらない」と、株主配当よりも製品開発への投資を優先したスティーブ・ジョブズ氏と同じだ。

昨年、Dell World 2013カンファレンスの基調講演でのやりとりで、起業家としての株を上げたイーロン・マスク氏(右)

過去2年間のTesla株の推移

「世界を良い方向に変えていくことに挑戦したい。Teslaにおいては、電気自動車への動きを加速すること。私はもちろん、多くの人が気づいていると思うが、巨大な大手自動車メーカーに任せていては魅力的な電気自動車はなかなか登場しない」

世界を良い方向に変革する (=イノベーション)は、ジョブズ氏が度々口にしていたことであり、大手自動車メーカーに挑むのは1984年にAppleがMacでIBM PCに挑戦したのを思わせる。

「大手新聞社の多くは『今日、地球で起こった最悪の出来事は何?』という質問に答えようとしているだけに見える」
「有能な人たちを集め、課題を設定し、そこに集中して彼らが存分に才能を発揮できるような環境を整えれば、企業は大きな目的を達成できる」
「イノベートするのは精神的にもとても骨が折れる。そこで、異なる産業について学び、異花受粉を試みると解決の糸口になる。往々にして、人々は特定の産業という井の中に囚われているものだ」
「人々の予想を超え、幸せにする製品を作れているとしたら、素晴らしいことではないか」

発言者を当てるブラインドクイズをやったら「スティーブ・ジョブズ」という答えが返ってきそうな発言が次々に飛び出してくる。マスク氏の話しぶりは穏やかで、その点ではジョブズ氏とは異なるのだが、考え方やビジネスの姿勢、製品へのこだわり、高尚な目標を追求する姿勢はジョブズ氏を思わせる。

ジョブズ氏が育った家庭は裕福ではなく、大学を中退して起業し、AppleとPixarという異なった分野での会社を成功に導き、破産寸前まで追い込まれたAppleを立て直した。

マスク氏は南アフリカ出身で、米国への移住を求めて、まずカナダに移り住んだ。農場や製材所で働きながら、苦労してカナダの大学に入学、奨学金を得てペンシルベニア大学ウォートン・スクールに籍を移して卒業。高エネルギー物理学でスタンフォード大学の大学院に入学が認められたが、2日通っただけで起業の道に進んだ。そしてオンラインファイナンシャルサービスのX.com (後のPayPal)、ロケット・宇宙船の開発・打ち上げ・宇宙輸送を手がけるSpaceX、EVのTeslaなど、異なる業種の3つの会社を成功させた。

Teslaは創業者ではなく、シリーズAの出資者だったが、2008年にリーマンショックの影響で破産寸前に追い込まれた時にCEOに就任して見事に立て直した。

これらは努めて似ているポイントを集めたものだが、それにしてもけっこう類似点がある。

提携? 技術協力? 合併? 現段階でAppleとTeslaの間でどのような交渉が行われているかを予想することに意味はない。

マスク氏からジョブズ氏を連想した理由を並べ立てて、取引成立の可能性にこじつける気は毛頭ない。単なるトリビアだ。ただ、ジョブズ氏、Googleのラリー・ペイジ氏やセルゲイ・ブリン氏と同じように、マスク氏が「世界を良い方向に変えたい」という目標を公言して、実際に実行している数少ない経営者であるのは事実である。

iPhoneが成功できた要因の一つに、AppleとGoogleの提携が挙げられる。Googleの全面的な協力で、最初からGoogleマップやYouTubeの優れたアプリが標準でiPhoneに搭載されたからこそ、モバイルWebの可能性がユーザーに伝わった。今ではモバイル事業でライバル関係にあるものの、当時のAppleとGoogleはモバイルWebで人々のライフスタイルを変えるという目標を共有していた。それがスマートフォン市場を生み出す原動力になった。

近年はAppleのイノベーションを起こす力を疑う声も少なくないが、ポスト・ジョブズ時代の同社が変わらず世界を変革しようとしているのなら、共通の理念を持つTeslaとの組み合わせは大きな推進力を生み出す。噂は噂でしかないけど、この噂からは、そんな変化を体験してみたいという興味がかき立てられる。