サンフランシスコの対岸にあるオークランドで、デモ隊がGoogle社員の通勤専用バスを取り囲み、言い合いの末にバスの窓が割られる事件が発生した。Google社員がTwitterで公開した写真には「F**K Off Google!」(Google 出て行け!)と書いた横長の幕でバスの進路を妨害するデモ隊の姿が写っている。

これは、ここ1-2年で激しくなってきた街のGentrification(再開発・高級化)に反対するデモであり、高所得者層として街に流入してくるテクノロジ企業の社員に以前から住み続ける住人たちの怒りの矛先が向いていた。今年5月にデモ集会で参加者がGoogleバスの模型を叩き壊したのがニュースになったが、今回はホンモノのGoogleバスが被害に遭ってしまった。

なぜGoogleバスがターゲットになっているかというと、まずGoogleバスについて説明しておく必要がある。

Googleキャンパスのあるマウンテンビューはサンフランシスコから南に車で1時間ほどのところにあり、周りにちょっとした街はあるものの、遊ぶところはほとんどない。夜は9時を過ぎると開いている店を探すのがタイヘンという感じの場所だ。だから盛り場が恋しい若い社員がサンフランシスコ市内に住み始めた。特にミレニアル世代はお金を持っていても車なんて所有する必要はないと考える。そんな若くて優秀な人材をとどめておくために、Googleが00年代半ばにキャンパスとサンフランシスコを快適に結ぶ専用通勤バスを用意した。ちなみに公共の交通機関を使ってサンフランシスコ市内から通うと乗り継ぎを含めて片道2時間以上はかかる。今ではGoogleだけではなく、シリコンバレーのテクノロジ大手のほとんどが同様の通勤バスを運行させている。

抗議活動が起こり始めた理由は、サンフランシスコの家賃の高騰である。ここ数年サンフランシスコの家賃は二桁の上昇を続けており、現在ベッドルーム×1のアパートでも家賃の中央値が2700ドル(約28万円)を超えている。この急激な上昇を誘因しているのがシリコンバレー企業の社員の流入というわけだ。

オークランドでGoogleバスが窓を割られた日、サンフランシスコでAppleの通勤バスを囲んだデモ集団は「Eviction Free San Francisco (立ち退きのないサンフランシスコ)」という幕をバスの前で掲げていた。サンフランシスコでは、住み続ける賃借人を守るために家賃の値上げを抑えるレントコントロールが規定されている。だが、持ち主が売却する場合、賃借人の権利が無効化される。これを悪用してレントコントロールで守られた賃借人の追い出しを図る大家が近年急増し、比例するようにホームレスも増加している。ミュージカル「RENT」の世界を地で行く状況だ。

この問題でよくスポットライトを当てられるのがサンフランシスコのミッション地区である。ヒッピー文化の匂いが残る地域で、アーティスティックな場所であり、庶民の街である。個人経営のユニークなレストランや飲み屋も多い。でも、決して安全な場所ではなく、ごみごみしているし、強盗対策で窓に格子が打ち付けた店も多い。

それがテクノロジ企業の社員が住み始めるようになってから、大きな通りにデザイナー家具を扱う店やワイン/チーズの専門店など以前はなかったようなこぎれいな店、言い換えるとちょっと場違いな感じの店が並び始めた。早朝ホームレスも歩いている通りにぴかぴかの大きな通勤バスが停車し、ハイエンドのスマートフォンを手にしたテクノロジ企業の社員たちが乗り込んでいく。格差の縮図というか、明暗が隣り合わせたシュールな光景である。こうした場面に出くわすと、長く住んできた人たちが異質なものに戸惑う気持ちは理解できる。

でも、この変化は街の変遷と言える。サンフランシスコ市は所得の高い住民の増加(=通勤バス)を歓迎し、それ以上に市内にテクノロジ企業が拠点を置くのを歓迎している。例えば、Twitterの新しいサンフランシスコ本社はミッション地区から自転車で簡単に行けるぐらいの距離にある。通勤バスがミッション地区を避けるようになったところで、所得の高い人たちは流入し続け、街は今後も変化し続けるだろう。変化にともなうメリットも多いし、こうした変化はニューヨークやパリなど他の都市でも見られたことだ。

ただ、変化があまりにも急速で今のサンフランシスコは街が消化不良を起こしている。

Personal DemocracyフォーラムにおいてCatherine Bracy氏(Code for Americaのコミュニティ担当ディレクタ)は、シリコンバレーの格差・貧困問題について、テクノロジ企業の通勤バスが格差の象徴として抗議運動のスケープゴートに選ばれていると指摘していた。同感である。必要なのは、街の消化不良を和らげる特効薬だ。

例えば、所得の低い人たちのみレントコントロールできちんと保護し、レントコントロールが不要な所得の高い層は対象から外すといったレントコントロールの見直しが必要だろう。オバマ・キャンペーンのサンフランシスコ事務所を開設したBracy氏は、講演の中で同キャンペーンの成功やCode for Americaの立ち上げの裏にたくさんのシリコンバレー企業の社員たちの無償の協力が存在したことを紹介した。そして彼らを裕福層として拒否するのでなく、ソリューションを導き出せる才能を持った人たちと見なして「協力してもらおう!」と語っていた。その通りだと思う。

難題の解決はシリコンバレーの住民が得意としてきたところ。ミレニアル世代に代替わりしても、なお世界を変えられることを証明してくれると期待したい。