「すでにFacebookを利用している人々が、残る人たち全てを合わせるよりもずっと多くのお金を所有しているというのが不公平な経済の現実であり、残る人たちを長期的にサポートしていくというのは、うまく進んだとしてもわれわれにとって実質的な利益にはならないかもしれない。しかし、ネット接続は全ての人々に提供されるべきであるとわれわれは考えている」(Facebook CEOのMark Zuckerberg氏)

米Facebookが先月21日に、インターネットを利用できない世界の50億人にネット接続を提供するためのイニシアチブ「Internet.org」の設立を発表した。発足メンバー企業は、Facebook、Ericsson、MediaTek、Nokia、Opera、Qualcomm、Samsungなど7社。ソーシャルメディアやモバイルデータに関わる大手企業が揃った。世界を変えるような規模のプロジェクトでありながら、実現性を兼ね備えていることも評価に値する。

経済的に力のある人々が残る50億人のためにネット接続環境を変えていくのはすばらしいことである。これは誰もが同意するだろう。だが、「われわれにとって実質的な利益にはならないかもしれない」というのには首をかしげたくなってくる。Facebookが今のようなシェアを持ったSNSであり続けていたら、間違いなくその恩恵に浴するはずである。だから、Internet.orgを打ち出したFacebookを「羊の皮をかぶったオオカミ」と批判する声もある。CECPのエグゼクティブディレクターであるMargaret Coady氏は「最悪のプレスリリースでスタートした偉大なプロジェクト」と評している。

Internet.orgでの提案をすでに実践しているApple

先月末に、AppleによるAlgoTrim(スエーデン)買収したことが公になった。

AlgoTrimはロスレスのデータ圧縮アルゴリズムを専門としており、同社の技術はAndroid 4.0(Ice Cream Sandwich)のギャラリーアプリなどに採用されている。AppleはAlgoTrimの技術の活用方法を明かしてはいない。考えられるのは、まずモバイル向けサービスの改善である。品質を損なわないデータ圧縮によって、例えば同じデータ転送量でより高い品質の動画コンテンツを配信できるようになる。Facetimeの品質向上への利用も期待できる。iOS 7で実現するフォトストリームでの動画共有も効率的に行えるようになりそうだ。

可能性は、新市場開拓にも広がる。データ転送の効率化は高速なモバイルネットワークを存分に利用できない地域でも、充実したモバイルサービスを提供するための技術になり得る。TechCrunchは「モバイルデバイスの全体的な動作効率を引き上げるために、AlgoTrimの技術が広く有用であるのは言うまでもない。本質的にAlgoTrimの取り組みはモバイルプロセッサの負担を軽減し、同時に電力の要求を引き下げる」と分析している。

なぜAppleの買収ニュースを持ち出してきたのかというと、世界に残る50億人のネット接続に興味を持っているのは、Internet.orgに参加した企業だけではない。その可能性は、今やモバイルに関わる多くの企業を突き動かす動機になっている。図らずも、Internet.org設立発表の1週間後にAppleによるAlgoTrim買収が公になったことで、それが証明される形になった。ForbesでTim Worstall氏は「AlgoTrimの買収によって、すでにAppleはザッカーバーグのInternet.orgでの提案を実践している」と指摘している。

「Internet.orgを打ち出したFacebookは羊の皮をかぶったオオカミか?」と問われれば、Facebookの利益を考えた行動だと思う。でも、同時に、それに何の問題があるのかとも思う。

Internet.orgは、ラフプランの中で発展途上国にインターネット接続を浸透させるための課題として以下の3つを挙げている。

  • 手頃な接続コスト:誰もがモバイル接続を利用できるようにコストを引き下げる技術を開発・採用する
  • データ使用の効率化:アプリを使用したり、インターネットを活用するのに必要なデータ量を引き下げるツールへの投資
  • インターネット普及に関わる新たなビジネスモデル構築:たくさんの人々のインターネット接続をサポートする新たなビジネスモデルやサービスの開発支援

Internet.orgが掲げるラフプランは純粋に"全人類にネット接続"を考えた素案になっている。その実現は発展途上国に限らず、インターネットを接続する全てのユーザーのネットライフをより便利なものにするはずだ。だからこそ、Internet.orgに参加する企業は「実質的な利益にはならないかもしれない」などというきれい事で体裁を繕わずに、市場を広げた後のビジネス的なビジョンを明確に示すべきだと思う。

まだスマートフォンが普及する前に、発展途上国の子供たちにネット対応PCを配布するという目標を掲げて、Nicholas Negroponte氏らがOne Laptop per Child (OLPC) を立ち上げた。かわいらしいデザインのXOラップトップは話題になったので、覚えている方も多いと思う。XOラップトップは一般向けの販売が行われず、初代モデルが登場してすぐの頃は多くの米国企業が関わっているのにどこか遠い国の話のようだった。ところが「Give One Get One」プログラムという一般向け販売がスタートしたとたんにプログラムの進捗に加速がついた。これは1台購入すると、もう1台が発展途上国の子供に寄付されるというもので、われわれのガジェットへの興味が満たされ、しかもそれがOLPC支援につながるから多くの人が支援に乗り出した。支援する側の利益がきっかけになった形だ。

Internet.orgはプリコンペティティブ(Pre-competitive)な企業のイニシアチブである。同じ街を本拠とする2つの野球チームが協力してスタジアムを建設するようなものだ。いずれ、完成したら2つのチームはライバルとして戦う。住民は、それぞれの球団がビジネスの可能性を広げるためにやっていることを分かった上で、快適なスタジアムでより野球を楽しめるようになるのなら建設をサポートする。

世界中の人々がインターネットに接続できるようになれば、Facebookの可能性はさらに広がる……すでにインターネットを活用しているユーザーは百も承知である。だから、むしろそう言い切ってしまった方が潔い。それは発展途上国に住む多くの人々の生活を変え、新たな仕事を生み出し、同時にすでにFacebookを活用している人々にとってもインターネットをより良いものにする可能性を秘めている。そんな見通しが示された方が人々は熱心にInternet.orgを支援するようになると思う。