米Amazon.comで、印刷版とタブレット版の両方を読める米Conde Nastの定期購読サービス「オールアクセス」の販売が始まった。契約できるのはWIREDやGolf Digest、Vogue、Glamourなど7誌。実際に契約してみて、とても満足している。残念なところ、使いにくいところが残るものの、現時点で最も雑誌というコンテンツを快適に消費できる購読方法だと実感した。

Conde NastとAmazonの発表を読んだ時、印刷版とKindle版の雑誌の両方を読める定期購読サービスだと思った。だって、Kindleの普及を目指すAmazonだし、Amazonはすでに印刷版の雑誌をAmazon.comで定期購読した人にKindle版を無償提供する「Print+Kindle」を提供している。ところがよく確認してみると、Amazonで購入できるオールアクセスはPrint+Kindleではなかった。何も変更されていないConde Nastのオールアクセスなのだ。

オールアクセスというのはConde Nastが、紙とデジタル、電子書籍プラットフォームの違いなどを越えて、読者が自由にコンテンツにアクセスできる環境づくりを目指したサービスだ。具体的には、紙の雑誌の定期購読を契約するとタブレット版にもアクセスできる。価格は、例えばWIREDの場合、印刷版が1年14.99ドル(1冊1.25ドル、約121円)であるのに対して、タブレット版とオールアクセス(印刷版+タブレット版)はどちらも1年19.99ドル(1冊1.67ドル、約162円)である。

オールアクセスには2つの魅力がある。1つは、タブレット版のバックナンバー・フルアクセス。定期購読期間中に刊行された号だけではなく、タブレット版が存在する全てのバックナンバーを読めるのだ。それならタブレット版だけで十分と思うかもしれないが、定期購読期間の契約が切れたらタブレット版はコンテンツにアクセスできなくなる。一方、定期購読期間中に毎月送られてくる印刷版は契約者の手元に残る。

1台の端末から膨大なコンテンツにアクセスできるのがデジタル版の利点なのに、数冊しか読めなかったらタブレット版の魅力は半減である。オールアクセスのようにバックナンバーにフルアクセスできると、情報アーカイブとして役立つというタブレット版の特長が際立ち、従来の雑誌のように読める印刷版とそれぞれの価値がはっきりする。両方を利用できる意義を実感できる。

オールアクセスの定期購読期間中、タブレット版は全てのバックナンバーをタブレットにダウンロードして読める

オールアクセスのもう1つの魅力はマルチプラットフォーム対応だ。タブレット版を読むには、Conde Nastが提供する雑誌アプリを使う。iPadだったらApp Storeから、AndroidデバイスならGoogle Playから入手できる。雑誌アプリに、定期購読のアカウント番号、登録したメールアドレス、パスワードなどを入力すると、雑誌コンテンツにアクセスできる。

この方法だと紙の雑誌定期購読を契約したら、Kindle Fire、iPad、Androidデバイス、さらにAmazonのライバルであるBarnes & NobleのNOOKタブレットでもタブレット版を読めることになる。Kindleの普及を推し進めるAmazonが、この条件でオールアクセスを販売するというのは、同社のスタンスをよく現している。Amazonはどのような形でも雑誌の定期購読がAmazon.comで売れれば十分であって、必ずしもKindleにユーザーを縛ることにこだわらないということだ。

これがAmazonのユニークなところで、同時にAppleのApp StoreやGoogleのGoogle Playなどデジタルコンテンツしか扱っていないプラットフォームにとっては脅威になる。印刷版を販売していないのだから、印刷版にタブレット版を付けるAmazonのバンドルに対抗する術がない。

激安を餌に消費者を食い物にしていた定期購読サービス

米国では雑誌の定期購読が安い。例えばWIREDは1冊4.99ドルだが、年間契約は14.99ドル(1冊1.25ドル、約121円)である。単純に値段だけなら、年に数冊買う雑誌は定期購読した方が割安だ。しかし「安いものには裏がある」。米国の出版業界には定期購読を安い価格で提供し、代わりに顧客の情報を存分に活用するという悪しき慣習があるのだ。契約したらすぐに大量のダイレクトメールが送られてき始めたというのはよく聞く話だ。個人情報の扱いを巡ってトラブルになることも多いため、定期購読を避けている人は多い。

そんな定期購読の不満を、AppleがiPad用の雑誌購読で解消した。Appleアカウントを使って手軽に契約でき、更新やキャンセルなど購読の管理もAppleのプラットフォーム上で行える。Appleはユーザーの詳細な情報を出版社に渡さないから、個人情報がリスト業者に渡る心配もない。AppleがiPad用雑誌の定期購読を開始した時に、このあたりをしつこくアピールしたのは、米出版社の定期購読に対する消費者の不満が溜まりに溜まっていて、その解消がタブレット版雑誌を立ち上げる追い風になると考えたからだ。

ただ、iPad用の雑誌はiPad専用であり、タブレットで雑誌を読むことにまだ馴染みきれない人も多い。そこにConde Nastは目を付けてオールアクセスを投入した。さらにAmazonがPrint+Kindleを開始したのも、背景には市場を奪い合う駆け引きがある。しかし、それは消費者にとって有益な競争になっている。iPad用雑誌の登場以降、米国の定期購読サービスは読者にとってより便利なサービスに改善され続けている。

Amazonでオールアクセスを契約するメリットはというと、普段Amazonで買い物をするのと同じステップで契約でき、Amazonアカウントの管理ページで定期購読を管理(自動更新やキャンセルなど)できることだ。AppleのNewsstandに近い手軽さと安心感で「印刷版+フルバックナンバー・アクセスが可能なタブレット版」の定期購読を利用できるようになった。

雑誌のデジタル化というと、配信方法やタブレットでの読み心地ばかりが議論される。しかし、こうして振り返ってみると、紙時代の出版社を含めて、ユーザーがコンテンツを快適に消費できる環境を巡る競争になったことが、雑誌の在り方を変えるより大きな力になっているように思う。