iOS 7のシステムフォントがベータ3でHelvetica Neue (レギュラー)に変更されたという。

6月にWWDCで公開された時からベータ2までは細身のHelvetica Neueが使われており、見た目はおしゃれだけど文字が読みとりにくいという声が挙がっていた。NYTimes.comのデザインディレクターだったKhoi Vinh氏など「どうしてiOS 7はMacy'sのメーキャップセンターみたいな見た目なのだ」と皮肉っていた。反応を観察していると、レギュラー支持者の方が圧倒的に多いようだが、細身のHelvetica Neueの方が良かったという人も少なくない。また、検討し尽くして採用したであろう細身のHelvetica NeueをAppleがベータの段階で見直したことに驚いている人も多い。

左はHelvetica Neue (ライト)、おしゃれな広告やロゴに用いられることが多く、読むための文字には細くて適していないという意見が多数。右はHelvetica Neue (レギュラー)。少し野暮ったくなるが読みやすい。どちらも18ptだ

パソコンを含めて、かつて開発中のOSに採用されるフォントの違いがこれほど話題になったことがあっただろうか。ここまで読んで「iOS 7は文字が読み取りにくいのか……」と心配になった人もいるかもしれないが、実際のところは逆だ。AppleがiOS 7開発においてテキストの"読みやすさ"に徹底してこだわっているから、それが開発者にも伝染して、開発者の間で読みやすさを追求する議論が広がっている。

これはレギュラーとライトのどちらがiOSのシステムフォントに適しているかという議論だけではない。新デザインの話題に隠れてあまり目立たないが、iOS 7ではテキストレイアウトのアーキテクチャが見直されており、新しいテキストレンダリング・エンジンの効果に期待している開発者が多いのだ。

小さくしても、大きくしても常に読みやすい文字

「iOS 7では文字が読みやすくなる」と聞いても、新機能というほどではないし、エンドユーザーはそれほど魅力と思わないだろう。でも、いま開発者がiOS 7のタイポグラフィに関心を持っているのには理由がある。

iOS 7のテキストレイアウト基盤については、FontShopのCMOであるJürgen Siebert氏が「Beyond Helvetica: The Real Story Behind Fonts in iOS 7」という記事で概要に触れている。UnicodeのレイアウトエンジンであるCore Textがアプリ開発者にとって扱いにくかった問題を解決するために、iOS 7では新たにText KitというAPIが用意された。オブジェクト指向型のモダンなハイレベル・テキストAPIだ。興味のある方はSiebert氏の記事でアーキテクチャ図を確認できる。これによってアプリ開発者は、User Interface Kitを通じてCore Textのあらゆる機能を思い通りに使いこなせるようになる。ユーザーインタフェース要素におけるテキストの振る舞いを正確に指定でき、マルチカラムやコンテンツの埋め込み、テキストの回り込みといった複雑なレイアウト機能を活用できるなどオプションの幅も広がる。

さらにiOS 7はDynamic Typeをサポートする。"動的なタイプ"という名前の通り、常に読みやすいようにフォントが自動的に変化する。従来の1つの書体をスケールする方法だと、本文に細身のフォントを指定したら小さいサイズで読み取りにくくなる。逆にボールドタイプのフォントを指定したら大きいサイズで太くなりすぎる。Dynamic Typeでは、文字が小さいときは読みやすい程度に太く、文字が大きくなったら細めのフォントが用いられる。同様に文字の間隔も小さい文字では広く、大きい文字では狭くなるように自動調整される。アプリ開発者がDynamic Typeを用いる場合、[UIFontTextStyleBody]というようにスタイルを指定する。それだけで、あとはOSが自動的に読みやすい適切な文字を割り当ててくれる。書体やサイズを細かく指定する必要はなく、それでいて適切に読みやすい結果が得られるから開発者の負担は軽くなる。

左の細身のフォントでは小さい文字が読みづらく、右のボールドタイプだと大きい文字が重くなる。そこで真ん中のように2つをミックスすれば小さい文字から大きな文字まで同じように読みやすい

このDynamic TypeとiOS 6から実装されているAuto Layoutを組み合わせて、iOS 7ではユーザーが文字の大きさを変更できるようになる見通しだ。ベータ版にはDynamic Type対応アプリのテキストサイズを変更するユーザー設定が用意されているという。細かい文字が大丈夫な若い人なら文字を小さくして1つの画面により多くの情報を表示できるし、小さな文字が見づらくなってきた人は自分にとって見やすいサイズまで大きくできる。小さくしても、大きくしても、Dynamic Typeによってテキストは常に読みやすく、そしてレイアウトは崩れない。実際にどのような感じになるかというと、現在ネットで見つけられるサンプルはWWDCのプレゼンテーションのスクリーンショットと思われるので問題ありなのだが、ここなどでテキストサイズを変更した場合のMailアプリの見た目の違いなどを確認できる。

「数カ月後にiOSがリリースされた時に、OS自体は最善のタイポグラフィを提供できないかもしれない。しかし、OSの基礎を成すレイアウトおよびレンダリングの技術は、これまでは不可能だった方法でRetinaディスプレイ上においてテキストをダイナミックかつ読み取りやすいように表現するための全てをAppleと開発者に提供している」(Jürgen Siebert氏)

iOS 7がリリースされても、ユーザーの多くはテキストレイアウトが基盤から変わったことに気づかないだろう。でも、読みやすさを実感するはずだ。iOS 7に最適化されたアプリが増えればなおさらだ。Texit KitやDynamic TypeはRetinaディスプレイのようなユーザーにとって分かりやすい改善ではないが、Retinaに劣らぬインパクトがあるから、開発者も関心を持ち、本当に読み取りやすいタイポグラフィを実現できるように積極的に意見を述べている。

iOS 7のシステムフォントに細身のHelvetica Neueが使われていたことには、テキストの"読みやすさ"を重視するというAppleの主張に矛盾すると感じた開発者が多かった。実用性よりも見た目のかっこよさを優先しているんじゃないか……と。そんな開発者の指摘を、デザインに関しては頑固なAppleが受け入れた。レギュラーとライトのどららが適してるかという議論を離れて、iOS 7のデザイン哲学の柱の1つである"Clarity"についてAppleがぶれていないこと、そして同社が開発者の声に耳をかたむけていることを確認できたという点で、今回のシステムフォントの変更を評価している開発者も多い。