「ハードウエア向けにAmazon Web Servicesのようなサービスは存在しないが、われわれ(Highway1)はそれに最も近い存在である」(Brady Forrest氏、Highway1バイスプレジデント)

2005年に米O'ReillyがDIY雑誌「Make:」を創刊した頃、個人や小規模グループのハードウエア作りは主に趣味の世界であり、電子機器でスタートアップを立ち上げるのはそれなりの技術と経験を持った人に限られていた。それから数年の間に、ネットを通じた情報交換、電子パーツの高機能・低価格化、3Dプリンタの普及、TechShopのような共有工房の登場などによってハードウエア・スタートアップを巡る状況はずいぶんと変わった。ソフトウエアほどではないものの、アイディアを形にするのが容易になり、今日ではクラウドファンディングKickstarterでたくさんのスタートアップが電子機器プロジェクトの資金を集めている。そうしたプロジェクトをテクノロジ関連の大手ニュースが取り上げることも、今では珍しくない。ハードウエア・スタートアップ元年の到来と期待を込めた記事も見られる。

しかし、実際にスタートアップが手がけたハードウエア製品が広く消費者の手に届けられるケースはまだまだ少ない。なぜだろうか?

ベンチャーキャピタルのKleiner Perkins Caufield & ByersのパートナーであるTrae Vassallo氏は、ハードウエアを手がけるスタートアップの増加に関してVenturebeatにおいて次のように述べている。「プロトタイプを見せるのと(製品の量産を)実行するのは別物だ。われわれは製品を市場に届ける能力を持つ会社を慎重に見極める」。

プロトタイプ作りのハードルは低くなったが、製品化のハードルは依然として高い。アイディアやデザイン能力だけでプロトタイプは完成できても、製品化にはビジネスセンスも問われる。たとえ、それを備えた起業家であったとしても、ソフトウエアと違ってハードウエアの量産は大きなリスクが伴うだけに、ちょっとしたつまづきがスタートアップには致命傷になり得る。製品出荷の延期、突然の破産……サプライチェーン管理は今でもスタートアップにとって困難なものである。

珠江デルタで2週間のカリキュラム

冒頭の言葉を述べたForrest氏は、O'Reillyで「Web 2.0 Expo」や「Where」「Android Open」などのカンファレンスを仕切っていた人物である。シリコンバレーの起業家の間でよく知られた存在だ。そのForrest氏がバイスプレジデントに就任したHighway1はサプライチェーンメーカーPCH International (アイルランドの起業家Liam Casey氏が中国深センに創業)によるハードウエア・スタートアップ向けのインキュベータである。6月末にローンチしたばかりだ。

「ハードウエアのリスクを解消するのがわれわれの目的だ。ソフトウエアと同じぐらいハードウエアを容易なものにしたい」(Forrest氏)。

O'Reilly時代にAndroid Openカンファレンスでホストを務めるBrady Forrest氏

Highway1のプログラムは、サンフランシスコで行われる4ヶ月の教育カリキュラム(第1回は9月開始予定)に加えて、中国の深センで行われる2週間のサプライチェーンに関するカリキュラムで構成されるのが特徴だ。Forrest氏の言う「ハードウエアのリスク」とは製品製造にからむものであり、それを回避して量産を実現するためのノウハウや知識、人的ネットワークを提供し、製品出荷にこぎつけらるようにスタートアップを支援する。プログラムには最大20,000USドルの種子資本の提供(3-6%の株式と引き替え)も含まれる。

ハードウエア・スタートアップ向けのインキュベータはHighway1が初めてではない。すでにHAXLR8Rや、MITの卒業生2人が創業したLemnos Labsなどが活動している。HAXLR8Rは中国の製造業者とスタートアップとの橋渡し役もすでに担っている。Highway1が注目されるのは、PCHのインキュベータであるだけに今日のハードウエア・スタートアップが抱えるサプライチェーン管理の問題に対して効果的なソリューションを提供できる可能性が1つ。そして、いずれHighway1のカリキュラムを公開する考えをForrest氏が示していることだ。Highway1の参入がインキュベータの競争を促し、しかもそれが"よい製品を素早く市場に送り出す"ための環境作りに結びつきそうな様相に向かっている。

先週、Kickstarterを活用したスマートウォッチ「Pebble」が米家電量販チェーンBest Buyで販売開始となり、また週末には映像のネット配信向けセットトップボックスを開発するBoxeeをSamsungが買収したと報じられた。どちらもプロトタイプが公開された時に大きな話題を集めたが、Pebbleは製品リリースが数回延期になり、その間にスマートウォッチの話題はAppleやGoogleが開発しているという噂の製品に移ってしまった。Best Buyでの発売にこぎつけても遅きに失した感が残る。またBoxeeは、これまで受けたベンチャー投資と同額で売却されたと報じられており、なんとも寂しい最後になってしまった。当初の告知通りのスケジュールでPebbleが登場していたら、Boxeeが製造の負担に振り回されずにサポートなどにもリソースを分配できるだけの余裕があったら……と想像すると残念な気持ちになる。

いまメディアはリスクを取ろうとするハードウエア・スタートアップに対して「目指せApple」と気楽に言い放つ。でも、それは理想であって、現実的なゴールとは言いがたい。入り口は広く入りやすくなったものの、まだ商業的な成功の"出口"が見えないのがハードウエア・スタートアップを取り巻く現状である。スタートアップの出口というと、ビジネスの目的やユーザーよりも金銭的な成功を優先する出口戦略も含まれる。良いイメージばかりではない。だが、まずはハードウエア・スタートアップが商業的な成功を思い描けるようになってこそ、このムーブメントは本物になる(=消費者にきちんと製品が届くようになる)のではないだろうか。そのためにも、Highway1などが支援するスタートアップが出口までの道筋をつけてくれると期待したい。