第508回「"17歳の高校生の会社をYahoo!が3000万ドルで買収"の残念なところ」で、Summlyを買収し、Summlyの設立者が17歳の高校生であることを話題にするYahoo!について以下のように書いた。

たしかに17歳は若い。しかし、例えばTumblr CEOのDavid Karp氏が同社を共同設立した時、同氏は19歳だった。共同設立者のMarco Arment氏によると、当時Karp氏は年齢を隠しはしなかったが、それが話題になるのを避けた。19歳の起業家にスポットライトが当たると、Tumblrというサービスへの注目が薄れると考えたからだ。その狙い通り、当時Tumblrを取り上げた記事はサービスについて書いた。

2カ月前はYahoo!がTumblrを買う (いや、正確にはTumblrがYahoo!傘下になる)なんてことは起きないと思っていたが、20日にYahoo!によるTubmlr買収が正式発表なった。USA TODAYによると、Yahoo!は保有現金のおよそ1/6をTumblr買収につぎ込む。Yahoo!の本気が伝わってくる今回の買収は、同社がMarissa Mayer体制で再生への道をアピールするものと言える。

なぜTumblrなのか

2012年のソーシャルネットワーキング市場ではビジュアルWeb企業の躍進が目立った。Pinterest、Instagram、そして今回Yahoo!が買収したTumblrもビジュアルWebの代表的なサービスに数えられている。

Tumblr、Pinterest、Instagramのユニークビジター数の推移。急成長しているビジュアルWebはいずれも買収ターゲットになっており、昨年InstagramがFacebook傘下に収まった。Pinterestは、まだまだスタートアップとして、その価値を引き上げる時期。Tumblrはスタートアップとして成熟した時期を迎えていた

ビジュアルWebサービスは、写真や動画を中心としたビジュアル・コミュニケーションを実現する。ビジュアル中心のため、話し言葉の違いがあまり障害にならず、容易にグローバル規模で広がれる。カメラ機能を備えたスマートフォンを使って手軽に発信できるため、モバイルに強いのも特徴だ。デザインが美しく、シンプルに操作できるものが多く、若者や女性を中心にユーザーが広がっている。

だから、Tumblrには若いユーザーが多い。QuantcastのデータでTumblrとYahoo!のユーザー分布を比べると、Tumblrユーザーは24歳以下でほぼ半数、Yahoo!ユーザーの中心は25歳から54歳が中心だ。Yahoo!がティーンエイジャーや大学生に敬遠されている傾向は明らかであり、それは同社がソーシャルとモバイルが弱いことを意味する。これらの強化にTumblrはフィットする。

Tumblr (左)とYahoo! (右)の年齢別のユーザー分布。Tumblrは18歳-24歳を中心に若いユーザーの割合がインターネット平均を大きく上回っている

またTumblrは設立が2007年で、スタートアップとして長い歴史を持つ。下の表はcomScoreの「2013 U.S. Digital Future in Focus」から抜粋した米モバイル市場におけるユニークビジター数と滞在時間のトップ10リストだ。Google、Facebook、Yahoo!、Microsoftが上位を占める中、スタートアップ企業で唯一Tumblrが滞在時間の8位に食い込んでいる。Tumblrは単に24歳以下の層に受け入れられているサービスというだけではなく、すでに安定したユーザー基盤を抱えており、Tumblrを取り込むだけでユーザー分布の24歳以下の落ち込みが解消できるというのもYahoo!にとっては魅力だろう。

米モバイル市場のユニークビジター数と滞在時間のトップ10。Tumblrが滞在時間の8位。トップ10の顔ぶれはまだデスクトップWeb時代の流れだが、今後はモバイルWebに対応したサービスが順位を上げると予想されている

なぜYahoo!なのか

Web 2.0がバズワードだった頃、Yahoo!は話題になったスタートアップを次々に買収し、そして活かしきれずに数々のサービスをうやむやに消してきた。そうした歴史から「Yahoo!への売却 = サービスの消滅」と危ぶむTumblrユーザーは多い。Tumblrなら売却先を選べたはずだ。それなのに「よりによってYahoo!……」、Yahoo!への売却はユーザーに対する無責任と憤るユーザーもいる。

Tumblrの創設メンバーでCTOを務めたMarco Arment氏がブログで、Tumblr設立時を振り返りながらCEOのDavid Carp氏の人柄を語っている。タイトルは「The One-Person Product」。「Tumblrが個人事業であったことはないが、製品は常に"one-person product"のようであり続けた」「TumblrはDavidであり、DavidだからTumbrなのだ」としているように、Carp氏のビジョンがTumblrを成り立たせている。

しかしTumblrユーザーが増え、開発チームが拡大すると、CEOのCarp氏は開発ではなく、マネージメントに力を注がなくてはならなくなった。「Davidは資金やオペレーションの問題に完璧に対応できる。でも、それは彼が望んでやっていることではないと断言できる。それらは彼の時間と才能の浪費に過ぎない。サーバのアーキテクチャや資金調達の心配ではなく、Davidが製品の機能やデザイン、メッセージングに集中することが、われわれインターネットユーザーやクリエイター、パブリッシャー、ソーシャライザーへの貢献になる」(Arment氏)

Yahoo!への売却後もTumblrの運営は変わらない。Carp氏がCEOとして、引き続きTumblrチームを指揮し、従来のロードマップを推進する。プレスリリースやCarp氏のブログ書き込みを読む限りでは、Yahoo!への売却によってCarp氏はTumblrが抱える資金やインフラ、収益モデルの問題から解放され、製品開発やビジョンの実践に集中できる。自由にTumblrを運営できるから、Yahoo!を選んだのだろう。

それでも「We promise not to screw it up (めちゃめちゃにしたりはしない)」というMarissa Mayer氏のメッセージを疑っているTumblrユーザーは多いと思う。こうした懸念に対してArment氏は「今のYahoo!は、(買収した)Flickrを何年もそのまま放置し続けたYahoo!とは全く異なる。有能なリーダーシップの下、大胆な改革が進められている」と述べている。

同じ日にYahoo!はFlickrのリニューアルを発表した。ビジュアルWebサービスのメリットを取り入れたデザインを採用し、サービスプランも見直した。新生Flickrと呼べる大きな進化である。Tumblrの買収とFlickrの刷新という2つの大きなニュースを同じ日にリリースしたことこそ、この日のYahoo!の最大のメッセージである……Mayer体制のYahoo!では、Yahoo!ブランドの下でスタートアップがさらに大きく開花できる。これが将来Yahoo!にユーザーを集めるエンジンになり、広告収益を生み出す原動力になれば、同社は長く失っていた存在感を取り戻せる。