これを書いている1月24日は、Appleにとって記念日だ。1984年にスティーブ・ジョブズ氏が株主総会でMacintoshを初披露した。筆者が覚えていたのではない。昨日23日にAppleが2012年10-12月期決算を発表したカンファレンスコールで、CEOのティム・クック氏が「明日はAppleにとってアニバーサリーである」と紹介したのだ。

Appleの決算発表時のカンファレンスコールは、通常CFOのPeter Oppenheimer氏の業績説明から始まり、それからクック氏を交えたQ&Aに移る。

ところが、昨日のカンファレンスコールではクック氏がまず数分にわたってAppleのあり方について語った。Appleという企業は何よりも顧客体験を重んじる企業であり、それはジョブズ氏がMacintoshを披露した1984年と変わらないと述べた。「われわれが最も重んじるのは"製品がユーザーから愛される"ことです。買ってもらえるかではなく、愛してもらえるかです」。

決算発表のカンファレンスコールで意義深いスピーチを行ったティム・クックCEO

クック氏のスピーチには力があり、とても印象深いものだった。昨日の決算発表ではどの数字よりも、このスピーチが重要だったと思う。低価格iPhoneに関する噂やiPhone 5の需要減速などの喧噪に、Appleの姿勢を明確に示すものだったからだ。Q&Aでも同氏は「売上げのために売上げを追ったりはしない」「Appleブランドを使って様々なものに箔を付けられるが、そのようなことはしない」と語った。

昨年10-12月期のiPhoneの販売台数4780万台、iPadは2290万台で、どちらも過去最高である。それでもiPhoneの伸びは投資家を満足させるに至らず、また今後の成長要因がはっきりしないことから決算発表後の時間外取引でApple株が急落した。低価格iPhoneを出してがむしゃらに販売台数を伸ばさない限り、市場の期待に応えられないような空気すら感じる。だが、それはAppleの根本と違う。だからクック氏は、Appleのスピリットを失ってまで売上げやシェア確保を追求しないと釘を刺したのだろう。

近年のスマートフォン/タブレット市場におけるAppleのような急成長が、いつまでも続くものではない。Appleはこれまで開拓者の優位性を満喫してきたが、市場はAppleの手を離れて機能し始め、やがて成熟する。そうなると、Appleも収まるべきところに収まっていく。全ての消費者がApple製品を愛することはないし、Apple製品が全ての消費者を満足させられるわけもないのだ。Appleが苦手とする領域にライバルが入り込んでくるのは必然なのだ。これからは市場を争う企業同士の陣取り合戦が展開される。しっかりとした陣地を築けるかが肝要になるが、投資家はまだまだAppleに大きな成長を期待する。

特にAppleのような企業が、Appleらしさを失うのは危険だ。"AppleらしいiPhone 5"を4780万台も売っても伸び悩みと言われてしまう。そんな厳しい現状をどのように受け止めるかは、今後のAppleのあり方を左右するターニングポイントになると思う。

廉価版はiPhone 5改?

半年ほど前に、このコラムで当時うわさの製品だった小型iPadを取り上げた。「7.85インチのiPadとマジックプライス"199ドル"」だ。

たくさんの人から話しを聞き、同業者を含めて色んな人と議論した範囲の情報から組み立てたものである。それまで発表前の製品を予想するようなことはしなかったが、虚飾に満ちた噂が飛び交っていたので、自分が実際に見聞きしている範囲での予想に価値があるんじゃないかと考えたのだ。今回は、その第2弾。廉価版iPhoneについて考えてみようと思う。

廉価版iPhoneの報道や噂の出どころは明らかだ。2013年向けのiPhoneのプロジェクトが2つ同時に進行してきたからだ。開発プロジェクトの存在程度なら、記者やライター同士が、それぞれの情報を交換し合う中でかなり正確に把握できる。2013年については、今年モデルと来年モデルではなく、同じタイミングで2つのプロジェクトが存在した。だから、iPhoneのラインナップが増えると見るのは自然な予想である。

しかし、廉価版というところで議論が広がる。というのも、廉価版を裏付ける何かに行き当たらない。Appleが廉価版市場の開拓に本腰を入れると見る人は低価格なiPhoneの登場を主張して、外装の変更などを予想するが、筆者が情報のピースを組み合わせる限りではiPhone 5の改良である。5Sに対して5改とでもいうべきだろうか…… iPhone 5は高コストであるのが指摘されており、その辺りを改善しているように思える。ちなみに米国での現在のiPhoneの価格は以下の通りである。

  • iPhone 5 (16GBモデル、2年間のサービス契約):199ドル
  • iPhone 5 (16GBモデル、SIMアンロック版):649ドル

  • iPhone 4S (16GBモデル、2年間のサービス契約):99ドル

  • iPhone 4S (16GBモデル、SIMアンロック版):549ドル

  • iPhone 4 (8GBモデル、2年間のサービス契約):0ドル

  • iPhone 4 (8GBモデル、SIMアンロック版):450ドル

1つ前のモデルを廉価版市場に投入するこれまでのやり方に、以前のモデルよりも高コストなiPhone 5がフィットしないのなら5改もあり得るのではないだろうか。今のように廉価版が騒ぎになる前、筆者はiPhone 5が廉価版市場に降りてくるタイミングで、iPhone 5改が静かにiPhone 5の座に着くのではないかと予想していた。今もその可能性は高いと思っている。

だが、想像以上にiPhone 4S/4が売れているという事実もある。例えば、22日に発表されたVerizonの決算で、昨年の10-12月期に同社でアクティベートしたiPhoneの半数がiPhone 4S/4であることが明らかになった。AppleがiPhone 4S/4が受け入れられている市場を本気で開拓するのなら、iPad 2が担っていた廉価版タブレット市場にiPad miniを投入したように、新しいiPhoneの登場もあり得る。それでも、チープな低価格スマートフォンにはならない。

比較的に確かなのは2つのプロジェクトの存在だけで、5改も廉価版も想像の域を出ない。ただ、Appleらしい製品に変わりはないということは期待できる。それは、昨日のクック氏のスピーチで確信に変わった。「iPhoneの販売台数4780万台」を評価しない投資家の理解は得られないかもしれないが、ここでAppleのスピリットを貫けなければ、将来に再びiPhoneのような大きなイノベーションを起こすことはできない。