「枯れ木に花」…… 米Amazon.comが発売した最新世代のKindle「Kindle Papserwhite」の印象だ。

米国の電子書籍市場を切り開いたのは、E-Inkの電子ペーパーを採用したKindleだったが、タブレット用のKindleアプリが登場してからは明らかに失速していた。筆者もiPadアプリがあったから昨年の第4世代のKindleには手を出さなかった。液晶画面で長時間の読書はツラいが、電子ペーパーも暗い場所では読みにくい。それにiPad版Kindleのなめらかな動作を体験してしまうと、電子ペーパーのKindle端末の動作がとてつもなくもっさりしたものに感じられる。昨年AmazonがAndroidベースのタブレット「Kindle Fire」をリリースしたことで、電子書籍専用端末である電子ペーパー版のKindleはiPodのようなポジションに収まった。そのまま電子ペーパー版Kindleの市場は縮小していく……というのが大方の予想だった。

ところが、今年Amazonが発表したKindle/Kindle Fire製品の中で最も話題になっているのは、電子ペーパーを採用したPaperwhiteだ。AmazonはKindleファミリーの出荷台数を公表していないため販売台数は不明だが、現時点でKindle Fire HDが即日発送であるのに対し、唯一Kindle Paperwhiteのみ発送予定日が「4-6週間後」になっている。家電量販店Best BuyでもKindle Fire HDの在庫はあるが、Paperwhiteは入荷未定が続いている。発表後にメディアやアナリストがPaperwhiteを高く評価した影響だと思うが、実際にPaperwhiteを使ってみると、たしかに読みやすい。

Googleの「Nexus 7」とAmazonの「Kindle Paperwhite」(右)

Paperwhiteは電子ペーパー版Kindleで初めてディスプレイ用ライトを内蔵する。LED光源がディスプレイのベゼルの下部分に配置されていて、光がライトガイドを伝わって画面を明るくする。光が眼に向かってこないため、バックライト液晶のように眼が刺激されることはない。電子ペーパーとディスプレイライトの組み合わせはBarnes & Nobleが「NOOK Simple Touch with GlowLight」ですでに実現しているが、GlowLightは照らし出しているような感じが残るのに対し、Paperwhiteは画面全体が均一に明るく、文字通りペーパーホワイトなナチュラルな画面になっている。この高いコントラストに加えて、ディスプレイ解像度が212ppiに向上しているため、文字がクリアに表示される。

明るい場所ではライトを「高」に設定すると画面のコントラストが高まり、暗い場所では暗くするとまぶしくない明るさになる

わずかに光源の光が見える程度。わずか4つの光源で画面全体が均一に明るい

OSにも大幅に手が加えられた。従来のテキストベースのインタフェースが、アイコンやボタンを活かしたものになった。これまで、こうしたインタフェースが採用されなかったのは電子ペーパーのリフレッシュ速度の遅さが原因だったが、PaperwhiteではE-Inkペーパーの動作がより軽快になっている。スクロールはできないものの、ソフトウエアキーボードを用いたテキスト入力には"使えるレベル"である。

Kindle Fire(=Androidタブレット)とデザインの共通点もあるホーム画面

ユーザーの読書のスピードから、章および本を読み終えるまでの時間を表示

LED光源は4つのみなので常時明るくしていても、数時間の読書を数日行える。そして213gと軽く、片手で長時間持っても苦にならない。暗い場所でも読みやすく、眼が疲れない画面で、軽く、そして長いバッテリー駆動時間と、読書に関して電子ペーパー版の電子書籍リーダーとタブレットのメリットがうまく取り込まれている。

昔買った本が新しいKindleで新鮮に

筆者とKindleのつきあいは長い。最初に購入したのは第2世代の「Kindle 2」だった。しかし、読書しづらくて返品。「Kindleはガジェットとして話題になっているだけなのか……」とがっかりした。それでも第3世代を購入。E-Inkペーパーの動作が改善されてページ移動のもたつきがなくなり、ページ数の多い本のときはKindle版を選ぶようになった。パソコン用ソフトやiPadアプリが登場してからは複数のデバイスを使っていつでも読めるKindle版の本の方が便利になって、積極的にKindle版を購入するようになった。

昨年Kindle Touchを購入しなかったため、今回Papserwhiteで初めてX-Rayを使ってみたのだが、想像していたよりも役立つ。これは本の分析機能と呼べるようなもので、本全体またはページ/チャプターごとに重要な人物やトピックを自動的にひろい上げてくれる。例えばSteve Jobs氏の評伝「Steve Jobs」で第42章のX-Rayを表示すると、「Microsoft」「Bob Dylan」「Steve Wozniak」「Google」「iTunes Store」「John Scully」などのキーワードが並ぶ。X-Rayを通じて、Steve Jobs氏の物語をMicrosoftやIBMとの関係に絞り込んで読み返したり、ボブ・ディランに関わる部分だけを確認したり、読了した本を別の視点から楽しめる。

「Steve Jobs」第42章のX-Ray

Paperwhiteは日本語に完全対応しており、英英辞典だけではなく、英和辞典で単語を調べられる

近年Amazon.comのJeff Bezos氏は、Kindleデバイスを"サービス"と表現している。新しいKindleが出てきたら、すでに所有しているKindleブックの読書体験が進化するのだから、まさにサービスである。第1世代の登場から5年。振り返ってみると、Amazonは自身が紙の書籍を販売するオンラインストアだからKindleを成功させられたと言える。第3世代のKindleの頃まで、Kindleブックは紙の書籍に対するオプションでしかなかった。重い本を持ちたくない人、電子書籍リーダーというガジェットに興味がある人だけがKindleに手を伸ばした。しかし、そうやって地道にKindleブックという種を蒔いてきたからこそ、パソコン用のKindleソフトやタブレット用のKindleアプリをリリースした時に、Kindleブックを持っている人たちがKindleならではの読書体験を実感し、それが口コミという形で芽吹き始めたのだ。

電子書籍リーダーの話題だけで、消費者はいきなり電子書籍に移行したりはしない。だから、Kindleと同じような電子書籍リーダーの多くがなかなか市場を広げられずに撤退した。紙とデジタル版、2つのチャンネルを持つAmazonだからこそ、チャンネル間のバランスを調整しながら本屋として電子書籍コンテンツの販売を積み重ねてこれた。同様のことは、米国市場でAmazon以外で唯一生き残っている米最大の書店チェーンBarnes & Nobleにも言えるのだが、同社はデジタルに軸足を移すタイミングが遅れてAmazonの独走を許した。

いま米国のKindleユーザーの中には、紙で所有している本のKindle版の購入を検討している人が多いと思う。筆者もいくつかの本については、検索やX-Rayで調べられるようにしたいと思っている。それは、これまでに購入したKindle版の本が新しいKindleでさらに役立つものに変わっているという裏付けがあるからだ。Kindleブックはクローズドなフォーマットではあるが、Amazonはユーザーの書籍への投資に対して最大の価値を返してくれている。