Apple CEOのTim Cook氏が謝罪ステートメントを公開するほどの騒ぎに拡大したiOS 6のマップ問題。試しに実家の周りを表示してみたら、近所にぽつんとセブンイレブンがあるだけだった。たしかに田舎だけど、個人経営の床屋や飲み屋、やばこ屋、薬局、肉屋、それにけっこう大きなスーパーなど、けっこう賑やかなのだ。検索すれば、きちんとピンがドロップされる店もある。でも、ストリート・レベルに拡大して、それらが地図上に現れないというのは、なんだかなぁ……である。だから、日本のiOS 6ユーザーから批判、落胆、嘲笑が出てくるのは無理からぬことだと思う。

しかし筆者はiOS 6のベータの終盤からこれまで2ヵ月以上iOS 6を使い続けていて、ずっと標準マップを頼りに生活していた。その間マップのせいで困った事態に陥ったことはなかった。待ち合わせの店やカフェもちゃんと存在し、音声ナビも役立っていた。不満どころか、iOS 5のマップより便利になったと思っていたほどだ。

この使用感は、最近3ヵ月ほど筆者がシリコンバレー(ベイエリア)から一歩も外に出ていないのが大きな理由だと思う。米国でもiOS 6のマップに対する不満の声が噴出しているが、実際のユーザーの間からはベイエリアに限らず、米国の大都市では「それほど悪くない」という評判も聞こえてくる。日本に比べたら、米国の大都市ではそれなりに使えるレベルに達している。もちろん、それではグローバルなiPhone/ iPad向けの主要アプリとして失格なのは言うまでもない。ただ、いま改善というと、ついiOS 5のマップやGoogleマップを思い浮かべてしまうが、それらはAppleが「Appleのマップ」で目指すところではない。米国での使用感からはAppleがマップをどのようなアプリにしようとしているのかという方向性が見て取れる。

米国においてiOS 6のマップがiOS 5のマップより良くなったと思うポイントは3つある。

まずマップの動作だ。ベクター形式のデータの採用によって、道路や文字がシャープに表示され、拡大・縮小や移動がスムースに動くようになった。そしてマップの表示がスッキリとしている。"データがなくてスカスカ"という意味ではない。常に必要な情報だけが表示されるのだ。複数の州をまたがるような表示の時は、州名や大都市名、インターステートの高速道路だけが表示され、拡大していくと主要幹線や市町村名が浮かび上がってくる。

左がiOS 6のマップ、右がiOS 5のマップ。iOS 5マップは日本語と英語が併記され、情報豊富だが、ごちゃごちゃしていて読み取りにくい

郡レベルに拡大すると、iOS 6マップに高速道路以外の主要な道路が現れる

街レベルまで拡大すると、駅や公園、中小規模の道の名前などを確認でき、ストリートレベルでは小道の名前、建物が現れる。州レベルで都市名や主要幹線しか表示されていないと、寂しい地図に見えるが、そのレベルでユーザーに必要な情報としては十分である。以前のマップでは小さな文字で情報が詰め込まれていたため、重要な情報を見極めにくかった。iOS 6のマップでは拡大・縮小にあわせて情報の表示が動的かつスムースに変化する。その動きがとてもなめらかで、Appleらしい表現になっている。この使用体験に関しては、iOS 5のマップどころか、GoogleがAndroid向けに提供しているマップも上回っている。

街レベル、iOS 6マップは道路を確認しやすい

ストリートレベルに拡大すると、iOS 6マップに店や建物が現れる。店の印をタップすると詳細情報にアクセスでき、ワンタップで経路案内に切り換えることも可能。iOS 5マップで店のマークをタップしても何も起こらない

2つめはYelpとのパートナーシップによるローカル情報へのアクセスだ。iOS 6のマップをストリートレベルまで拡大すると店やレストランの印が表示され、タップするとYelpに投稿されたレビューや写真を含む詳細情報のカードが開く。iOS 5のマップでは、店やレストランの印から直接Googleが提供するローカル情報にアクセスすることはできず、地図上で見つけた店を検索し直してピンをドロップし、そこから連絡先情報にアクセスしていた。

Yelpは、米国でレストラン・ショップ情報を扱うWebサイトの最大手だ。ユーザー人気が高く、米国でレストランや店の場所を知らせる時にはGoogleプレイスよりもYelpのページへのリンクが使われることが多い。ユーザー投稿の情報が豊富で、特に写真は料理や店内の雰囲気を確認できるだけではなく、メニューを撮影して投稿している人も多いので役立つ。米国ではそうしたYelpの情報にマップから直接アクセスでき、さらにマップとYelpアプリが連携するのでとても便利だ。

マップ上のレストランの印をタップしてYelpの情報にアクセス、ユーザー投稿写真からレストランの料理を確認。写真はApple本社Apple-Caffe Macsの有名な「そば」

3つめのポイントは音声ナビ。米国ではTomTomとのパートナーシップで提供されており、ナビ機能自体は安定している。ソーシャルナビのWazeを勧める声もあり、筆者もWazeは気に入っている。だが、マップから音声ナビにワンタップで切り換えられるし、マップはiOSに統合されていてSiriも使え、ロック画面にもナビゲーションが表示される。総合的な便利さではマップに軍配が上がる。ただし、マップの検索機能がすばやく正確に目的地を探し出せてこそ、ナビゲーションの使い勝手や有用性は向上する。課題はそちらにあるという印象だ。

パートナーシップで変わるマップの使い勝手

Appleの新しいマップは、パートナーから地理情報やローカル情報の提供を受けて成り立っている。地形データや道路はしっかりしているものの、iOS 6マップのトラブル集を見ると、観光地や主要な建物、公園、駅、店などの表示や配置に問題が多い。これは国や地域ごとに収集したデータの質や量にばらつきがあり、さらにApple自身も複数のソースからのデータを処理しきれていないように思える。だから、街の真ん中に国立公園が広がったり、水族館が海の中に置かれたり、同じものが2つ存在したり、寂しい街になったりするのだろう。

米国ではYelpとTomTomという強力なパートナーを得ている。特にYelpはローカル情報ではGoogleを上回る人気サイトであり、基本データがしっかりとしていて口コミ情報も充実している。Yelpのおかげで、主に店やレストランを探すためにマップを使う人にとってはマップの使い勝手が向上した。他の国でもYelpのようなそれぞれの地域に根付いた人気サービスとの連携が実現したら、iOS 6のマップは面白いものになりそうだ。だが、現実はキビしい。Yelpのようなサービスを紡ぐどころか、マップとしての基準をグローバル規模で満たすことすらままならない。

Googleはグローバル規模で地理情報とローカル情報を収集し、それらを巧みに処理する力を持つ。しかし近年、Googleは自身のローカル情報サービスやソーシャルサービスにユーザーを引き込むようにGoogleマップの仕組みを変えている。以前のネットのマップ・プラットフォームという色が薄まり、Googleのビジネスの歯車に組み込まれている。そこに巻き込まれないようにAppleは独立独歩を目指し、いきなりコケてしまった。

今回の騒動は、ユーザーも含めてGoogleのマップサービスに頼り切っていたことの裏返しと見ることもできる。Googleとしては、このタイミングでiOS向けにGoogleマップ・アプリを提供し、一気にiOSユーザーを同社のサービスに引き込みたかったところだろう。だが、Appleの急速なシフトで、それは叶わなかった。結果的に、代わりとして他のマップ・アプリが試されるようになり、iOS 6のマップをチャンスと見て張り切る企業が増えている。Appleとのパートナーシップを目指すサービスも出てきていると思う。競争を生み出し、ユーザーの視点を広げたという点では、この混乱と空白期間は悪いことばかりではなさそうだ。