ロンドン五輪の開会式は、いろんなところに演出の仕掛けが散りばめられていて、全体が曲当てクイズみたいでとても面白かった。ただ残念だったのは、米国では再放送のような気分でしか見られなかったことだ。あまりにもタイムリーではない五輪中継をめぐって、米国ではネットで視聴ボイコットを呼びかける人が出てくるような騒ぎになっている。

米国で独占放送権を持つNBCは、現地と同じ午後7時半から開会式の放送を開始したのだが、米国とロンドンは5時間以上(西海岸だと8時間)の時差がある。つまり数時間前に行われた開会式の録画放送だった。開会式の日、米西海岸で日中にTwitterを眺めていると開会式の様子や、かかっている曲などのツイートがどんどん流れてきた。TVで開会式が始まる頃には、進行どころか、感想やコメントまですべて読んでしまっていて、それを確認するために視聴したようなものだった。同じくカリフォルニアに住む人が「ようやく西海岸にも開会式がやってきた」とつぶやいていたが、たしかにそんな気分だった。

開会式会場となったオリンピックパーク

それでも開会式はショーのようなものだから、プライムタイムに放送して盛り上げたいというのも理解できる。しかしNBCの録画放送は開会式にとどまらなかった。

競技が始まってからも、人気選手や人気競技を昼間にライブで扱わずに、プライムタイムにまとめて放送している。Twitterのみならず、ネットの速報で次々と結果が報じられるから、それらを読んでしまうと夜の五輪特番がまったく盛り上がらない。しかもNBC自身、プライムタイムにとっておいた競技を放送する前に、別の番組でメダリストが喜ぶシーンを流すようなちょんぼを犯している。視聴者のいらいらが募るばかりだ。

「より多くの人に……」というのならば、プライムタイムにも再放送すれば、昼間に見られない人も、すぐに見たい人も満足できる。録画放送は、視聴率を稼げるコンテンツをプライムタイムにとっておいてスポットCM収入を上げようという魂胆が見え見えである。

TVがダメならネットはどうか。NBCはNBCOlympics.comとモバイルアプリを通じて競技をライブストリーミングし、終了した競技も視聴可能にしている。ところが、これらはComcastのケーブルTVサービスなど有料のTVサービスを契約している人たち向けで、有料TVサービスのアカウントでサインインしなければならない。インターネットで五輪のみ視聴できる有料パッケージはなく、いわゆる"ケーブルカッター"(値上がりする一方のケーブルTVや衛星TVサービスを解約し、見たいコンテンツだけをネットで視聴する人たち)を閉め出そうとしているのが明らかだ。

通常の放送は録画、ネットでは有料TVサービス契約を強いる2重のしばりに、多くの人たちの怒りが爆発。Twitter上では「#NBCFail」というハッシュタグで、NBCを非難するツイートが飛び交っている。

好調な視聴率と失望の声

米国の五輪中継が見にくくなったのは、昨年NBC Universalを米ケーブルTV最大手のComcastが買収した影響と言える。当時、ケーブル会社がコンテンツを握るデメリットが懸念されたが、最終的には独立したブロードバンド接続サービスの提供や、オンラインビデオ配信サービスへのコンテンツ提供などを条件にFCCからの承認を得た。しかしオンピック中継の騒動を見る限り、ComcastによるNBC買収は、エンターテインメント産業を発展させる方向には進んでいないようだ。

MozillaのPascal Finette氏のように、VyprVPNで地域制限をかいくぐって米国から英BBCのオリンピック・プログラムを契約し、その柔軟なプログラムに感動して、規約違反にあたる視聴をTwitterで告白した人もいる。今やNBCの五輪中継の議論は、ケーブルTVや衛星TVサービスからの放送権収入に頼る主要ネットワークの事業モデルや、ネットの中立性の問題にまで広がっている。後者においては、NBCの問題は決して対岸の火事ではない。

実は非難を浴びる一方で、今回のNBCの五輪中継は好調な視聴率でスタートを切った。プライムタイム戦略が奏功したという見方もできるが、NBCがプライムタイムに録画放送するのは今回が初めてではないのだ。バンクーバーや北京のときも同じように、米国選手が活躍した競技はプライムタイムに放送していた。しかし、今回のような騒ぎにはならなかった。何が変わったかと言えば、人々がネットから受け取るリアルタイムの情報である。それが開会式の視聴率を引き上げ、同時にリアルタイムで見られないことへの失望の声につながった。

米国では、Comcastのような有料TVサービスがTVプログラムをネットでも配信してモバイル端末やパソコンでも視聴できるようにする「TVEverywhere」を推進している。だが、人々が望んでいるのはTVプログラムやTVサービスではなく、五輪競技というコンテンツなのだ。五輪競技を、誰もがあらゆる場所で簡単に視聴できる環境を整え、そこから収益を上げるモデルを考え直さないと、今後も#NBCFailのような騒動が起こり続けそうだ。