Appleが7-8インチ(7.85インチが有力)のiPadを出すのではないかという噂が飛び交っている。7インチ・タブレットというと、2010年に当時CEOだったSteve Jobs氏が「スマートフォンと競争するには大きすぎるし、iPadと競争するには小さすぎる」と述べ、当時の7インチタブレットを「DOA (Dead On Arrival)だ」と一蹴した。

しかし、だからこそ7.85インチのiPadが出てくる可能性がある。

過去にJobs氏は、動画再生機能を備えたポータブル音楽プレーヤーを「重すぎるし、動画には画面が小さい」とこきおろし (しかし、後にiPodに動画再生機能を搭載)、AllThingsDのWalt Mossberg氏のインタビューで携帯電話やタブレットへの関心を否定(しかし、iPhoneやiPadが登場)、New York TimesによるとKindleを評価しながらも「製品の良し悪しとは関係なく、人々が読書をしなくなったという事実がある」と述べた (しかし、後にiBooks/ iBookstore投入)。

しかも、一度否定した市場や分野に製品を投入する際には、そんなこと言ったのを忘れたかのように堂々とAppleのイノベーションとして紹介する。もちろん以前の同氏の指摘は的を射たもので、Appleが手がけた理由はApple製品自体が説明してくれるのだが、180度変わってしまうとびっくりを通り越してほれぼれとしてしまう。つまり、本当にダメだと思っていたら同氏は触れもせず、否定はその分野や市場に関心を抱いていることの裏返しだったということなのだろう。こうして振り返ると、同氏が否定して話題を集めたところから、将来のApple製品発表に続く演出が始まっていたのではないかと勘ぐりたくなる。

これまでに何度かAppleの7インチ・タブレットの噂が出てきた中で、今回具体的な予想まで語られているのは噂を裏付けるものがあるからだ。Appleのプロジェクトが製品化に向けた動きになれば、具体的な製品の姿は分からなくても、取引先への問い合わせなどから動きがあることは広まる。同社の場合は順調に進んでいるようでも、ある日突然、中止になったりすることも多いが、小型のタブレットと思われる製品については昨年後半からAppleの動きが伝わってくるようになり、そのまま途絶えることはない。これは非常に早いピッチであり、プロジェクトの進め方からタイミングを逃したくないという意気込みも伝わってくる。こうした点から、2010年当時と違ってスマートフォンやiPadと競争する7インチ・タブレットが現れたことをAppleが警戒していると考えられる。それが何なのかと想像すると、Amazon.comの「Kindle Fire」とGoogleの「Nexus 7」が思い浮かぶ。

クラウド時代のiTunesの座を争う競争

Kindle FireとNexus 7のポイントはスクリーンサイズが7インチであることではない。Appleがこれらの製品を意識する理由も7インチではないだろう。価格が199ドルであり、Kindle FireはAmazonのクラウド型コンテンツサービスと、Nexus 7はGoogleのGoogle Playと連携する端末だからだ。

Appleは2004年にHDDを搭載した小型のiPod「iPod mini」を249ドルで発売し、翌年に199ドルに値下げした。すると、出荷数が倍増した。2009年にiPod touchの8GBモデルを199ドルで提供開始した時に、AppleのPhil Schiller氏(ワールドワイドマーケティング担当シニアヴァイスプレジデント)は次のように語った。

「(iPod miniの売上げの伸びから)iPodの世界では199ドルがマジックプライスであることを学んだ。だから8GBのiPod touchを199ドルに設定した」

2004年にコンパクトでたくさんの曲が入る音楽プレーヤーとして「iPod mini」を249ドルで投入。ライバルはフラッシュメモリ・ベースのMP3プレーヤーだった。翌年に199ドルに値下げして爆発的なヒット商品に

iPod miniの成功から、2009年にiPod touch 8GBを199ドルで提供

199ドルがマジックプライスであるのはiPodだけではないだろう。300ドルから500ドルぐらいの価格帯で販売されていたガジェットは200ドルを切ると、米国の消費者の価格に対する心の壁が崩れる。それが本当に便利な製品、面白い製品であれば、一気に広まるはずだ。

Kindle FireとNexus 7は機能(背面カメラ、セルラーネットワーク対応など)を削り、本体から利益を得られなくてもコンテンツ販売やサービスで儲けるというビジネスモデルで199ドルという価格を実現した。どちらかが市場を制するかは別として、クラウドに置いたコンテンツを楽しむためのタブレットに対する価格の壁はすでに崩れている。

iPod miniと、その後継製品であるiPod nanoの成功は、AppleにiTunesユーザーの拡大をもたらした。iTunesはエンターテインメント・ハブとしてWindowsユーザーにも広がり、それがiTunes Storeの成功につながった。パソコンに接続しなくてもiOSデバイスを使用できる今、iTunesの役割はクラウドに移ろうとしている。そこをAmazonとGoogleは狙っている。iTunesの優位性をiCloudに持ち込めていないAppleにとって、199ドルのKindle FireとNexus 7は脅威だろう。

米国で新しいiPadは499ドルから、iPad 2は399ドルである。iPadは2004年当時のiPodを超える成功を収めている。だが、Kindle FireとNexus 7の登場によってタブレットも199ドルをマジックプライスとする製品になってしまった。iPod miniの成功から学んだAppleが199ドル-249ドルのチャンスをみすみす逃すとは考えにくく、それはiCloudのための端末になるべきなのだ。

蛇足だが、約8インチのサイズとiCloudを活かす製品としてカメラ機能で勝負してくれたら、個人的にはうれしい。iPhoneのカメラは高機能でいつでもすぐに使えるので便利だが、写真の閲覧やレタッチには画面が小さく、iPadは撮影に大きすぎる。Nexus 7もプラス100ドルでもいいから高機能なカメラを搭載してくれればいつでも持ち歩くのに……と残念に思っている。