ダルビッシュもTwitterを地道にやってきたことが、メジャーリーグ1年目のオールスター選出に役立つとは思わなかっただろう。

今年MLBはオールスターの「最後の1人」を選ぶファン投票に、インターネット投票だけではなく、Twitterも採用した。締め切り直前の4時間限定だが、MLBが選手ごとに用意したハッシュタグ (ダルビッシュは"#VoteYu")を加えてツイートすると、それが投票と見なされた。選手とチームのソーシャル力を問う面白い試みである。結果的にダルビッシュは、このTwitter投票によって出場を決めたと言える。というのも、シカゴ・ホワイトソックスのジェイク・ピービに逆転されそうな雰囲気があったからだ。

「最後の1人」は、両リーグ5人の候補の中から選ばれる。そこでホワイトソックスはセントルイス・カージナルスと協力して「Red, White and You」(赤はカージナルス、白はホワイトソックス)という投票キャンペーンを開始した。

カージナルスからは昨年のワールドシリーズMVPのデビッド・フリースが「最後の1人」候補に選ばれており、ホワイトソックスとカージナルスはナ・リーグ代表にフリース、ア・リーグ代表にピービを選ぶようにファンに呼びかけたのだ。ダルビッシュが所属するテキサス・レンジャーズも同様の協力をアリゾナ・ダイヤモンドバックスと行っていたが、熱心なファンの多いホワイトソックスとカージナルスのタッグは強力である。ホワイトソックス・ファンは、過去11年の間に3人も"最後の1人"を勝ち取っている (2005 : スコット・ポドセドニック、2006 : A.J.ピエジンスキ、2011 : ポール・コネルコ)。しかも、キャンペーンのサポートに双方の州知事が乗り出してくるほどの盛り上がりで、ピービは猛烈な勢いでダルビッシュに迫ってきた。

しかし、ダルビッシュはなんとか逃げ切った。カージナルスのフリースがナ・リーグの「最後の1人」に選ばれたことを考えると、ダルビッシュの場合はTwitter投票が追い風になったと想像できる。

ソーシャルメディア重視のジャイアンツから3選手

今年のMLBオールスターではファン投票の結果にちょっとした異変が見られた。レンジャーズのジョシュ・ハミルトンが1,100万以上という記録破りの票を獲得し、サンフランシスコ・ジャイアンツから3人も選出された。ジャイアンツはキャッチャーのバスター・ポージーがナ・リーグ最多。そしてベースボール・ファンを驚かせたのが、3塁手のパブロ・サンドバルが最後の最後でニューヨーク・メッツのデビッド・ライトを逆転したことだ。外見とプレースタイルから"カンフー・パンダ"と呼ばれるサンドバルは人気があり、今年は打撃が好調(前半.307、HR8本)だが、故障がちでプレイ時間が限られている。一方、過去数年にわたってメッツを支え続けてきたライトは今年絶好調(同.351、HR11本)で、選ばれて当然な選手の1人と見られていたが、まさかの2位に終わった。投票結果が出た7月1日にメッツのGMであるサンディ・アルダーソンが「ライト対サンドバル : 800万都市が80万都市に投票で負けた」とツイートし、失望感をあらわにした。

ナ・リーグ最多の3人の選手を先発メンバーに送り込んだサンフランシスコ市民が熱狂的なベースボール・ファンというわけではない。むしろ淡泊な方である。ジャイアンツは一昨年にワールドシリーズを制覇するなど近年チームが充実しているが、2007年のバリー・ボンズを最後にファン投票で選手がオールスターに選ばれていない。観客動員数は悪くはないが、オールスター投票を欠かさずにやるほど熱心なファンではない。それが今年のファン投票で、数多くのジャイアンツ選手が上位に食い込んだのは、本拠地AT&Tパークのホットエリア・サービスとソーシャルメディア戦略の成果ではないかと言われている。

AT&Tパークでは試合中に観客が無料でWi-Fiサービスを利用でき、アクセスすると選手のデータや試合のリプレイ、ジャイアンツや球場の情報にアクセスできる専用サイトが開く。同球場で2004年にインターネットサービスが始まったときは、まだモバイルデバイスがノートPCという時代だったので、シリコンバレーであっても「球場にパソコンを持ってくるベースボール・ファンはいない」と笑われたものだ。しかし、ここ数年の間にスマートフォンを持ち歩くのが当たり前になり、誰もが球場内のネットサービスを利用し始めた。専用サイトを開くと、オールスター投票を呼びかけるメッセージが表示され、その場ですぐに投票できる。また球場内にはあちこちにタッチパネルを装備したPCが置かれていて、バーでビールを飲む傍らで簡単に投票できたりする。

球場全体で、ジャイアンツが提供する無料のWebサービスを利用できるAT&Tパーク

ソーシャルメディア戦略はチームのFacebookやGoogle+、Twitterを通じて選手のオールスター出場をサポートするものだ。以前はファンが自分で調べないかぎり、ジャイアンツ選手のファン投票順位の動向などわからなかったが、今は「あと少しでサンドバルがライトを抜けるのか」というようなことを自然と把握できる。ジャイアンツが逆転勝ちしたり、サンドバルが活躍したときにタイミングよく投票を呼びかけられると、つい勢いで投票してしまう(オンライン投票は同じ電子メールアドレスで複数回投票が可能)。

同様にレンジャーズもソーシャルメディアを中核に据えたマーケティング戦略を展開しており、その結果、バリー・ボンズが絶対的な存在だった時でも遠く及ばなかった1000万票をジョシュ・ハミルトンが突破し、そして「最後の1人」にダルビッシュが選ばれた。レンジャーズから「最後の1人」が出るのは、今回が初めてだ。

オールスター投票におけるサンフランシスコ・ジャイアンツの躍進はMLBにとって朗報だったと思う。サンフランシスコには、普通に娯楽としてベースボールを楽しむ程度のファンが多い。たまに球場には行くけど、わざわざオールスターの投票用紙を書くほど関心は持っていない。だから以前だったらジャイアンツ選手の得票数など、どこか他人事だった。それが今年、オールスター投票でサンフランシスコがニューヨークやシカゴなど熱狂的なベースボール・ファンが多い街を上回った。これはジャイアンツがベースボールを通じて、普通の人たちに深く関われていることを示すものだ。

ジャイアンツ選手の今年の得票を見ていると、2000年前後にセイバーメトリクスを採用してアスレチックスが強くなったときを思い出す。財政が厳しい地方都市のチームでも、全国区の人気選手を揃えたチームに勝てることを証明した。そのうちメジャーでもセイバーメトリクスを駆使するチームが新思考派と呼ばれるほど増え、1位と最下位の勝率の差が以前よりも縮まり、そしてベースボール・ファンのすそ野が以前よりも格段に広がった。

今年ライトがファン投票で選ばれなかったのは残念だったが、サンドバルには打率やホームラン数では表せない魅力がある。彼の体型とダンスを見てもらえば、彼をオールスターに送り込んだサンフランシスコの普通のベースボール・ファンの気持ちがわかると思う。ジャイアンツやレンジャーズのファンと深く関わるノウハウは、これから他のチームに研究され、取り入れられることだろう。その結果ファンと向き合う選手が増えれば、ひいては一般ファンの拡大につながるはずだ。