今年初めにソーシャルファンディングサービスKickstarterでPebbleというスマート腕時計が大きな話題になったが、そのPebbleがKickstarterプロジェクト終了直前に大きなビルボード広告を出したことが、ちょっとした議論になった。

Kickstarterを知らないと見えにくい話のなので、少し説明しておくと、Kickstarterは商品やサービスのアイディアを実現するための資金集めを仲介するオンラインサービスだ。アイディアに賛同した一般の人たちが資金を提供する。基本的に資金は寄付ではない。プロジェクト運営者が金額に応じた見返りを用意しておく。Pebbleの場合、1ドルの支援で最新情報の優先的な提供、99ドルの支援だと製品発売後に小売価格150ドルのPebbleを提供する。資金調達というより、むしろアイディアの段階でエンドユーザーに商品を問う新しい形のショッピングサービスと言った方が正確だ。しかしKickstarterを通じてスタートアップや個人のユニークなアイディアが次々に形になっており、米国では昨年にKickstarterブームが起きて、今年はすっかり定着した。

シリコンバレーの101号線沿いに現れたPebbleのビルボード広告。PebbleはE-Inkペーパーをディスプレイとする腕時計型のコンピュータで、Bluetoothでスマートフォンと接続し、スマートフォンからコーラーIDやEメール、スケジュール、メッセージ、Twitterなどの通知を受け取る。カスタマイズ性も高い

さてPebbleのビルボード広告がなぜ議論になったかというと、Kickstarterで製作資金を集めるぐらいだから同社に経済的な余裕はないはずだ。それなのに、決して安くはないビルボード広告である。ネット上では「マーケティングは必要だが、Kickstarterで集めた資金をビルボード広告に使うのは行き過ぎ」というような厳しい意見が飛び交った。

しかし、Pebbleがビルボード広告を出した時点ではまだKickstarterからの入金はなかったはずである。つまりKickstarterで想定外に資金が集まったからビルボード広告を打ったのではなく、元々Pebbleにはビルボード広告を購入できるだけの資金があったのだ。おそらくビルボード広告はあらかじめ計画されていたもので、予定通りにKickstarter終了間際に実行した。

そのような会社だからこそ、PebbleはKickstarterで大成功を収められたと言える。

トライブがいてこそ成功するKickstarterプロジェクト

Garret Gibbons氏がブログで、これまでKickstarterで成功したキャンペーンを様々な角度から分析したレポートを公開している。それによると調達目標額の60%に達することができたら、そのままゴールに到達できる可能性が極めて高く、目標以上の成果が期待できる。ただし、この60%までの道のりが険しい。

Seth Godin氏がDomino Projectで、「Why (some) Kickstarter campaigns fail (なぜいくつかのKickstarterキャンペーンは失敗するのか)」という、Kickstarterの仕組みを考察した記事を公開している。その中で同氏は「Kickstarterキャンペーンは、そのアイディアに惹かれたトライブ(tribe: 仲間)の規模が小さすぎると失敗する」としている。

Kickstarterキャンペーンがネット上をうまく広まらない限り、見知らぬ人たちからの支援は集まらない。だが、影響力のあるブログに突然紹介される可能性は極めて低い。アーティストのAmanda Palmer氏やWIRED創設編集者であるKevin Kelly氏など、話題になったKickstarterプロジェクトにはすでに根強いファンがいて、彼らが最初にKickstarterプロジェクトを広め、やがて見知らぬ人の間にも広がっていく。あらかじめ存在した根強いファンがトライブであり、Kickstarterにおいて「やがて~」を超えて加速がつくラインが60%である。

同氏はまた、起点となるトライブが「(プロジェクト運営者に)惹かれたトライブ」であることもポイントだとしている。Kickstarterでいくら魅力的な文章とビデオでアイディアを語っても、それが実現する可能性が見えなければ人々はお金を投じない。プロジェクト運営者本人の言葉だけでは不十分であり、客観的な言葉にも触れて少しずつ人々の心はとけていく。トライブは、一般的には無名のプロジェクト運営者の信用を証明する存在でもある。

「Kickstarterは最初ではなく、最後のステップだ」「事前に自分をサポートしてくれるトライブを作っておくことだ。そしてトライブが求める何かを提供し、それが機能(実現)することを彼らが容易に信じられるようにしろ」とGodin氏。Kickstarterで成功しているプロジェクトの運営者は地道に活動し、ファンを開拓してきた。Kickstarterを使って資金集めのステップを短縮しようとすると失敗する。Kickstarterは着火剤ではなく、油なのだ。火をつけるトライブがいれば、一気に燃え広がっていくが、さもなければスベってタイヘンな目に遭う。

Kickstarterプロジェクトの成功を祝うかのようにビルボード広告を立てたPebbleは、Kickstarter以前から戦略的にPebbleの製品化を進めてきたのだろう。心強いトライブを抱えて、Kickstarterキャンペーンをスタートさせたはずだ。ちなみに同社はKickstarterにおいて100,000ドル(約800万円)の調達目標で、最終的に10,266,845ドル(約8億2000万円)を集めた。最初ではなく最後のステップとして、Kickstarterで売上げを最大限化した形だ。