1月10日から米ラスベガスで始まった2012 International CES関連のニュースを読んでいると、今年ついにリビングルームに大きな変化が起きそうな雰囲気である。これまでPCに関わる企業がリビングルーム攻略を試みては失敗を繰り返してきたが、クラウドを仲立ちにパソコン、タブレット、スマートフォンが同じデータやコンテンツ、エンターテインメントを共有するようになり、リビングルームのテレビだけが蚊帳の外に置かれ始めた。そのためか、今回のCESでは"4つのスクリーン"(パソコン/スマートフォン/タブレット/TV)という言葉がTVに関わってきた企業側からも聞こえてきており、双方の歩み寄りによって、これまで障害になっていたコンテンツ共有における著作権がらみの問題も解決できそうな兆しが見えている。

PCメーカーであるLenovoがCESで発表したスマートTV「K91」

米TVメーカーであるVizioがCESで発表したWindows PCのプロトタイプ

「いや、いや、米国は昨年末から、下院で議論されているSOPA(Stop Online Piracy Act:オンライン海賊行為防止法案)で大騒ぎじゃないか」という人もいると思う。たしかにSOPAによってネット企業と著作権保有者に深刻な対立が生じている。だが、SOPAに対するネットユーザーの反発はすさまじい。例えば、大手ドメイン登録業者GoDaddyのSOPA支持が明らかになると、1日で2万件以上のGoDaddyを通じたドメイン登録が解約された。さらにネットでGoDaddyボイコットデーが呼びかけられるに至って、同社はSOPA支持を撤回した。SOPA支持リストに掲載されている他の企業も、ネットユーザーの厳しい批判にさらされている。

CESでEnvisionalが「デジタル著作権侵害の現状」という講演を行い、海賊行為に対するコンテンツ所有者の3つのアプローチを指摘した。1つは訴訟、もう1つはSOPAのような規制法案の支持。だが、これらの効果は限定的であり、長期的なソリューションを望むなら価格とサービスの質の両面から海賊行為に対抗できる合法的なサービスの成長(例: iTunes Store、Netflix)が必要であるとした。Envisionalは、ほんの1年前にNBC Universalのサポートを受けてSOPAを支持するようなレポートを公開したばかり。そんな同社ですら3番目の本音を公にするところに、SOPAをきっかけとした議論の現在の流れがよく現れている。ここに来て短期的な規制を超えて、ユーザーに価値をもたらし、延いては市場を拡大させる長期的なソリューションの実現が論じられるようになってきた。

ユーザーにリーチできてこそ市場拡大、規制では…

「海賊行為は価格の問題ではなく、サービスの問題であることを我々は経験から学んだ。海賊行為の被害を防ぐ簡単な方法は海賊対策のテクノロジではない。海賊行為よりも素晴らしいものをユーザーが得られるサービスを提供することだ」

Valveの共同創設者であるGabe Newell氏が、昨年10月にTechNWのパネルセッションで語ったものだ。Valveは、Steamというゲーム版のiTunes Storeのようなネット配信サービスを提供しており、実際に同社は海賊行為に上手く対処している。例えば海賊行為の温床と言われるロシアが、同社にとって欧州でドイツに次ぐ規模の市場になっている。Newell氏によると「何でも略奪すると言われるロシア人は、ロシア向けに製品がローカライズされるまで半年も待たされている人たちである」。製品に関心を持っている人が数多く含まれるのだから、きちんと製品を提供すれば、略奪者が顧客になり得るというわけだ。

ValveはSteamを通じていくつかのマーケティング実験を試みてきた。まずSteamユーザーに何も告知せずにValve製品の値引きを行ったところ、製品の売上高に大きな変化は見られなかった。「値段には驚くようなしなやかさがあり、逆に言えば、価格の操作でビジネスのサイズを拡大・縮小することはできない」(Newell氏)。ところがプロモーションをからめて値下げすると、売上高が一気に数十倍の伸びとなった。しかもネット配信チャンネルのプロモーションを開始すると共にリテール版の売上げまで伸び始め、プロモーション期間終了後も高い売上高を維持し続けた。効果てきめんだ。

現在Steamで「Team Fortress 2」が無料提供されているが、無料化にふみ切った当初はあまり利用者が増えなかった。そこで価格の表記を「Free (無料)」から「Free to Play (自由に遊べる/無料で遊べる)」に変えたら、それだけで5倍の伸びとなり、遊んだ人が何か別の商品を購入するコンバージョン率も向上したという。

FarmVilleのような数多くの人たちに簡単に遊んでもらうゲームは無料が戦略になるが、Valveが提供するようなゲームでは価格がユーザーを引きつけるのではなく、逆にユーザーになり得る人たちを効果的に掘り起こすことでビジネスの成長が期待できる。これはValveのゲームを例にした実験結果だが、デジタルコンテンツ配信において「サービス重視」が市場拡大につながるのはゲームに限った話ではないはずだ。

3ヵ月前のNewell氏のコメントをいま読んでみると、同氏がその後のSOPA騒動やCESにおける"4つのスクリーン"へのシフトを見据えていたようで面白い。ちなみにTechNWのパネルセッションで「ゲーム・コンソールは次世代機が最後の世代になる?」という質問に対して、パネリストらはゲーム専用機がすぐに消えることはないとしたものの、異なる種類のコンテンツへの対応や柔軟性を求める声には抗えないという見方を示した。Newell氏は「長い時間を勝ち抜くプラットフォームは、適切なコンテンツをコンテンツ制作者が作成でき、コンシューマーが適切なコンテンツを見つけられる最善のツールを提供するものになると思う。クローズドなモデルは、その課題に対しては誤ったアプローチだと思う」と語っている。