米書店チェーン最大手Barnes & Nobleの書店の棚から「Watchmen」「Superman:Earth One」などの人気DCコミックが消える。18日に発売された「Batman:Arkham City」も並ばない予定だ。

11月15日に米国で初のカラー液晶搭載Kindleリーダー端末「Kindle Fire」が発売されるのに合わせて、初めて電子化されるDCコミックの100タイトルがKindleで独占提供(Publishers Weeklyによると4ヶ月限定)されるためだ。Barnes & NobleもAmazon同様に、電子書籍リーダーNOOKを用意して印刷板と電子版の両面で書籍事業を展開している。DC EntertainmentがDCコミック100タイトルをNOOKユーザーに提供するのを拒否するなら、自分たちはそれらの作品を書店の棚から閉め出すというわけだ。

オンライン書店では引き続き全てのDCコミックを販売し、Barnes & Nobleのローカル書店で自宅に郵送するように注文するお客さんもサポートするが、書店への取り寄せは断る。書店での取り扱いを徹底拒否する模様だ

Barnes & NobleのDCコミック締め出しに対する反応を見ていると、米国の書籍ビジネスの変化を実感できる。一昔前ならBarnes & Nobleの書店で取り扱い中止になったら、出版社にとって一大事だった。奥の手を出されたという感じで、ぐうの音も出なかったはずだ。実際、今回Barnes & Nobleは奥の手を出したつもりだと思う。ところが、奥の手が奥の手になっていない。DC Entertainmentは「Barnes & Nobleの判断を残念に思う」とコメントしただけで至って冷静だ。

Barnes & Nobleの2012年度第1四半期決算(2011年7月31日締め)の売上高は14億ドルで、前年同期比2%増だった。そのうちオンライン書店事業のBarnes & Noble.com (BN.com)の売上高が前年同期比37%増だった。通年で60-70%増を見通している。一方、書店事業の売上高は3%減。しかも書店において売上げに貢献したのが電子書籍リーダーのNOOKと、おもちゃ/ゲームの販売だった。書店で販売する印刷書籍の不振が明らかだ。

そんな状態だからBarnes & Nobleが書店からDCコミックを引き上げたところで、今や出版社はかつてのような痛手とは思わないだろう。それどころかDC Entertainmentは、既存の書店、特にBarnes & NobleのようにAmazonをライバル視する大手チェーンに反感を持たれることと、Amazonが満を持して発売するKindle Fireでの宣伝効果を天秤にかけて後者を選択したはずだ。それがビジネス的に賢明な判断に思えるところに、米国の電子書籍市場を牽引するAmazonの今の勢いが現れている。

商道徳的にはどうだろうか。電子書籍は全ての主要なプラットフォームに提供されるべきというBarnes & Nobleの主張は正しい。だが、現実のビジネスは異なる。デジタルコンテンツは、再生できるアプリケーションやデバイスがなければ単なるファイルでしかない。言い換えれば、ユーザーにアプリケーションやデバイスを浸透させたプラットフォームが市場を握る。

Amazonはオンライン書店とクラウドライブラリを巧みに連係させ、リーダーデバイスやアプリケーションをWhispersyncで結んで、ユーザーが簡単に電子書籍を楽しめるようにした。最新のKindleは79ドル(約6100円)からと価格も手ごろだ。後発のBarnes & Nobleは、Amazonよりも早くクロスデバイスに乗り出したまでは良かったが、その後が続かず、クロスデバイス対応の充実ぶりでもすぐに追い抜かれてしまった。NOOKにはカラー液晶搭載というメリットもあったが、Barnes & Nobleはスペックの低い電子書籍端末をカラー液晶にする意味を示せずにいた。対してAmazonは、映画・TV番組配信、Androidアプリ・ゲーム配信などカラー液晶を活かす環境を整えた上でFireを投入する。

KindleとNOOKの利用体験には大きな差があり、それがシェアの差となって現れている。だから、出版社はAmazonからの提携話に応じる。Barnes & Noble自身、かつてチェーン店を全米に展開し、大量仕入れでベストセラーを大幅ディスカウントして昔から地元にあった書店をつぶしてきた。現実のビジネスを十分に理解している同社なら、出版社のえこひいきを非難したところで、NOOKをユーザーに浸透させられなければ問題解決にならないことを分かっているはずだ。

ぱっとしないKindle FireやiPhone 4Sがなぜ売れる

AmazonはKindleの販売台数を公表していないが、Barclays CapitalのAnthony DiClemente氏はKindle Fireの年内の販売台数を450万台と予想している。Rodman & RenshawのアナリストAshok Kumarは500万台に近づくと見ている。最新のAndroidタブレットから機能を引き算したようなFireに対する発表直後の反応も芳しくなかったのに、売れ行きの調査データが明らかになるにつれて、アナリストの予測がどんどん上方修正されている。

過去のKindleも電子書籍リーダーとして「頼りない」と思うことが度々だった。だが、前述のように、オンラインストアからクラウドサービス、クロスデバイス対応までトータルで考えるとKindleプラットフォームは比類なき安心感を提供してくれる。

発表直後の反応と言えば、14日に発売された「iPhone 4S」に対する反応も今ひとつだった。ところが予約が始まると24時間で100万台に達し、発売後の3日間で400万台である。

iPhone 4Sの外観デザインに変化がなかったことに失望した人が多かったようだが、スマートフォンはソフトウエアに負うところが大きい。OSのアップデートだけでも違う製品になったような変化を感じられる。ハードウエアの構造はシンプルで、iPhone 3/iPhone 3GSのように2年以上も同じデザインで提供し続けられれば、製造コストを相当抑えられる。手頃な価格は、スマートフォンのような新しい種類の製品を浸透させる重要なポイントだ。また外観が同じなら、周辺機器やアクセサリーの市場の成長も見込める。そのためには機能性を備え、長期にわたって飽きられないデザインを実現する必要がある。そのハードルをiPhone 4がクリアしたのだから、外観はそのままで次世代につながるように中身を強化したiPhone 4Sへの進化は必然だったと言える。

iPhoneシリーズは2009年に発売されたiPhone 3GSが、今でもiOSの最新版を搭載できる。iPhoneは買い時を迷う製品だが、逆に言えば、どの年の製品を買っても長い期間使い続けられる。そうした安心感の積み重ねが、iPhone 4Sの売れ行きにつながっているのだろう。

これまでスマートフォンやタブレットには、パソコンやハイエンドの携帯電話に近いイメージを持っていた。Kindle FireやiPhone 4Sの売れ行きを鑑みると、どうも個性的で高機能な製品が勝ち残るとは限らないようだ。製品発表時のインパクトは小さくとも、同じプラットフォームをユーザーが長期間使い続けられるようにデザインされた製品が着実にユーザーへの浸透を果たしている。