2005年から2010年の間にグローバル規模のデータセンターの電気使用量は56%増加した。00年代後半には、iPhone登場をきっかけにスマートフォンが急速に成長し、一般向けにもクラウドがバズワードとなってデータセンターの建造が拡大した。消費電力56%増は、そうした変化を裏付ける"大きな数字"に思える。しかし、実際のところ05-10年の電気使用量は当初の予想を下回っており、00年代前半(00年-05年)の5年間に倍増したのに比べるとずっと低く抑えられた。むしろ、電力効率の向上によって00年代の後半のスマートデバイスやクラウドサービスの台頭が可能になったと考えるべきなのだ。

先週、米サンフランシスコでインテルの開発者カンファレンスIntel Developer Forum (IDF) 2011が行われた。同イベントでは同社の共同創業者Gordon Moore氏が提唱した「ムーアの法則」が必ず話題になるが、そのIDF開催にタイミングを合わせてマサチューセッツ工科大学(MIT)のTechnology Reviewに「A New and Improved Moore's Law」(刷新・改善されたムーアの法則)というレポートが掲載された。

ムーアの法則は、1965年にMoore氏が経験則として「半導体の集積密度が18-24ヶ月で倍増する」と指摘したもので、科学原理ではないが、半導体の性能向上を予測する際の指標として、または半導体を利用している産業の成長のペースメーカーとして広く用いられている。タイトルにムーアの法則の刷新と打ったMIT Technology Reviewの記事は、「およそ18ヶ月ごとにコンピュータの電力効率が2倍に改善されていることを、ある研究者たちが初めて示した」という一文で始まる。これはIEEE Annalsに掲載されたJonathan Koomey氏(スタンフォード大学)らの論文「Implications of Historical Trends in the Electrical Efficiency of Computing」の概要を報じたものである。Koomey氏らは1946年のENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)から60年以上にわたる電子コンピューティング・デバイスのピーク時の消費電力を調査した。その結果、トランジスタ時代が訪れる以前から電力効率が18ヶ月ごとに倍のペースで向上してきたことを確認した。

18,800本もの真空管を使ったENIAC(左)と、今日のスリムなMacBook Air

MacBook Airがわずか2.5秒で電池切れ

「コンピューティングの負荷が一定ならば、同じ作業に必要なバッテリー容量が1.5年ごとに半分に減るということだ」とKoomey氏は述べる。これをThe AtlanticのシニアエディターAlexis Madrigal氏は、次のように解説している。「新品の、MacBook Air相当のコンピュータを手に入れたと想像してほしい。ただし、電力効率は20年前のままだ。今日のAirは50Whのバッテリーで最長7時間動作するが、このマシンはわずか2.5秒しか動かない。つまり、7時間動かすには10,000個のAirのバッテリーを装着する必要がある」。特定の条件を固定したKoomey氏やMadrigal氏の喩えは、現実のコンピュータ利用からかけ離れたものだが、しかしユーザーが実感しにくい電力効率向上の効果をうまく浮き彫りにしている。

Technology Reviewが"クーメイの法則"と呼ぶKoomey氏の指摘は、ムーアの法則と同様に半導体チップに支えられた情報技術の基本特性を表すものと言える。ただしクーメイの法則の実現に貢献しているのは、チップ上のコンポーネントの発展だけではない。例えば2010年にデータセンターの電力消費が予想を下回る数字になった原因の1つとして、仮想化技術によって新規サーバの導入数が抑えられたことが挙げられる。ムーアの法則の進捗から生まれた余裕をいかに活用するかで、電力効率の伸び幅は大きく異なるのだ。その点でクーメイの法則は、ムーアの法則を補ってIT産業の発展を長期的に支える指標になり得る。Koomey氏は、量子コンピュータを予言した物理学者Richard Feynman氏が1985年にコンピュータが必要とする電力を分析し、限界に到達するまでに効率性を理論的には1000億倍は向上させられるとしたのを紹介し、今はまだ40,000倍であることから「まだまだ先は長く、もし先に進めなくなったとしたら、それは物理の問題ではなく、われわれの知力の限界である」と述べている。

IntelはIDF 2011で、Intel Labsが研究している「Near Threshold Voltage Processor」の実験デモを披露。小さなソーラーパネルからの給電のみで、Windows PC上で簡単なアニメーションが動作

Koomey氏らはIntelとMicrosoftの協力を得て論文を完成させた。IDFではIntelが次世代のIvy Bridge(開発コード名)を経て、次々世代のHaswell(同)で飛躍的に電力効率を高めることをアピールした。またIDF開幕直前の8日に、米Googleが初めてデータセンターの消費電力やCO2排出量を明らかにした。業界規模で電力効率に注目を集めようとする動きが目立ち始めたのは、それが数年後のコンピューティング体験を発展させる大きな要因だからだろう。ただ電力効率の改善は、製造プロセスの微細化や、クロック周波数やコア数の増加のような伝わりやすいものではない。冒頭で紹介したデータセンターの消費電力の56%増という数字に対して、懸念する人の方が多かったとしても不思議ではないのが現状だ。

IT産業の発展を促すペースで電力効率が向上しているのか……それをわれわれが確かめるための目安としてクーメイの法則が示された意義は大きい。