米国がデフォルト危機に直面していた先月、ウォーレン・バフェット氏がCNBCのインタビューで「私なら財政赤字問題を5分で解決できる」と豪語した。そのソリューションはというと、「GDP(国内総生産)の3%を超える赤字を出したら、どんな時でも、その時の連邦議会の面々は全員再選の資格を失うと書かれた法案を通すだけだよ」だ。先月末の米国はこれが笑えないジョークというか、「真っ当な決断力」という政治家の資質で政界をふるいにかけるために、実行してみる価値があるんじゃないかと思えるような状態だった。

そんなジョークがまともに思えるような状況が、今も続いているのがスマートフォン関連企業の特許闘争である。

起業家であり、ダラス・マーベリックスのオーナーであるマーク・キューバン氏が先週、米国の特許問題を解決する2つ提案を披露した。「文句を言うのは簡単だが、ソリューションを考えるのは難しい。多くの人が私の提案を好まないだろう。しかし、弁護士がハッピーになるのを望む人は1人もいないんじゃないか」と同氏。5分で解決と言い放ったバフェット氏よりはやや控えめだが、2つの提案は負けず劣らず大胆なものだ。

提案1 : 「ソフトウエア特許を全て終わらせる。期間短縮ではない、撤廃するんだ」

保護として今の特許は必要以上に権利者を守っており、結果的に社会の利益にならない弁護士を潤わせているだけと、ばっさり。

提案2 : 「製法特許を終わらせる。あんなものは何の目的も果たしていない、何一つだ」。

「新しい製法をつくり出したら、それを使え」という。目的がビジネスの成功なら、製法を編み出した本人がそれを実行しなければ達成できない。製法特許自体がビジネスの成功をもたらすわけではないのだ。アイディアを、例えば大企業に盗み取られないように誰もが製法特許で保護しようとするが、「ゾウと一緒に走ろうとすれば、死ぬ人、そして生き残れる人が出てくる。それは全ての小さな会社が直面する問題だ」と述べている。アイディアで一儲けを狙っているなら、ゾウの脚の間を走り抜ける覚悟で実行しろと……まぁ、そういうわけだ。

キューバン氏はさらにツイッター上での議論で「アイディアはチープなものなのだ。大企業の存在は大した問題ではない。アイディアを守る方法はいくつもある。まずは会社を巧みに運営し、アイディアを実行するんだ」と述べている。アイディアはそれだけでは価値が小さく、具体的なビジネスに昇華させてこそ報酬に値するというのはキューバン氏らしい意見である。具体的にどのような保護方法を考えているのかは分からないが、今ならネットを通じて自分のアイディアを主張しておく方法がいくつもあるのは確かだ。

今日の製法特許やソフトウエア特許訴訟ビジネスが80年代や90年代に存在していれば、イリノイ大学時代にマーク・アンドリーセン氏らは訴訟に巻き込まれてMosaicがNetscapeになることは無かったとキューバン氏は述べる。今日、全ての会社が特許に関して訴訟に巻き込まれる可能性に直面し、そのリスクは無制限と言える。実際に企業は莫大なコストを訴訟に費やしており、その費用が軽減されれば、失業者問題の改善にもつながる。また同氏は「世界を見よ」とも言っている。「調子の良い国をどこか選んでみろ。例えば中国なんかがいい例だ」と、違う意味で知的財産の扱いに問題のある中国を例にしているのはいかがなものかと思うが、特許に関してグローバル基準とのズレが米国経済に悪影響を及ぼしているのは事実だ。そして「今日のばかげた特許闘争を終わらせられる」と述べている。特許訴訟に勝つため、またはクロスライセンス交渉を有利に進めるために特許を買い漁る……アイディアを有効活用するという特許本来の目的からかけ離れた争いが行われている。今日のスマートフォン関連企業の争いが好例だ。

Motorola買収に、1.6年分の利益を投じるGoogle

さてGoogleがMotorola Mobilityを125億ドルで買収する計画を発表した。ちなみにGoogleの2010年度の純利益は85億500万ドル、2009年度は65億2000万ドルだ。つまりGoogle全体の約1.6年分の利益を買収に費やすことになる。

Motorola買収について、GoogleがAppleに対抗して、クラウドサービスから端末までコントロールする垂直統合型ビジネスに乗り出すのが狙いという見方もある。しかし、それは今のMotorolaでは難しい。製品ラインナップを見れば分かるが、魅力に欠けるのだ。Motorolaの初代Droidは際立った製品だったが、それは作り込まれたAndroidスマートフォンが無かった頃だったからだ。その後HTCがひどい状態からどんどん製品に磨きをかけていったのに対して、Motorolaの製品には進歩の跡が見られない。Android端末メーカーとして最近はHTCとSamsungに引き離されつつある。長期的にはハードウエアメーカーを持つメリットが出てくるとしても、相当なテコ入れが必要だろう。

2009年にMOTOBLUR搭載のAndroid端末を発表したMotorola MobilityのSanjay Jha CEO

やはり、プレス/アナリスト・カンファレンスでも議論になったMotorola保有の特許がGoogleの狙いと考えるのが自然だ。6月末にAppleやMicrosoftなど6社で構成されるコンソーシアムが約6000件のNortelの特許を45億ドルで落札した。Motorolaは、その3倍程度の特許を保有していると見られており、Googleはそれを3倍近い額で手に入れようとしている。悪い買い物ではないように見えるが、Googleは同時に非常に大きなモノを失うことになる。

一昨年のGoogle I/OのプレスカンファレンスでAndroidの特許問題が議論になった時に、セルゲイ・ブリン氏はOpen Handset Allianceのメンバー企業が協力して対抗していくと主張した。だが、オープンなAndroidを盛り立てていこうという理想の下で、メンバー企業が一致団結するというようなことにはならなかったようだ。MotorolaもOpen Handset Allianceのメンバー企業の1つである。ビジネスはビジネスなのだろう。それならばとGoogleもビジネスライクにMotorolaごと特許を手に入れようとしているが、それはやってはいけないのだ。

AndroidはオープンなモバイルOSを提供するという思想を根幹にしたプロジェクトだ。まとめ役であるGoogleが、どのような状況にあっても中立な立場を維持しなければ成り立たない。その信頼を損なうのはAndroidのエコシステムを崩すだけではない。「オープンな○○」を旗印に、民間企業でありながら公共的な信頼を得ているGoogleのレーゾンデートルも脅かす。

Samsung、ソニーエリクソン、HTC、LGなど、Open Handset Allianceのメンバー企業は買収を歓迎するコメントを出している。目の前に迫っている特許侵害訴訟の可能性が低くなるのだから当然である。だが、ビジネスはビジネスだ。同時にGoogleを中立な立場を貫かない企業と見なし始めるだろう。今後もMotorola Mobilityの独立性を維持するとGoogleが主張したところで、それは現実味に欠ける。

オープン思想の下でAndroidは順調にパートナーを増やし、バージョンを重ねてきたが……

Googleは検閲に反旗を翻して中国本土から撤退するような企業である……はずだ。同社の本質を考えると、やるべきなのは特許闘争の火に油を注ぐような行為ではなく、それを起こしている原因である米国の特許法の改善だ。VP8の時のように、買収したMotorolaの特許資産をオープンな環境のために投じる可能性もあるが、今回は125億ドルである。それに今回は特許闘争を平定できたとしても、このままではまた別の分野で特許問題に直面するのが避けられない。

こうした現実を目の当たりにすると、キューバン氏の荒唐無稽な提案も実行してみる価値があるんじゃないかと思えてくる。特許問題で計り知れないリスクを抱える米企業の現状を同氏は「まるでジョークだが、それがこの国でビジネスをする現実なのだ」と述べている。