ソフトバンクの決算説明会において、米携帯業界でデータ通信サービスの「定額使い放題」を見直す動きが広まっていることを問われた孫正義社長が、日本でも定額制見直しを検討しているとコメントした。ただ、フラットレート(定額制)の見直しは"世界的な流れ"だからではなく、日本国内の事情に応じて必要な対策を施してほしいと思う。というのも、米国ではブロードバンド・サービスにキャップ(上限)を設けるISPや通信キャリアに疑問を呈する声が広まっている。しかも消費者側の論客が、日本のソフトバンクBBのサービスを引き合いに出して米国のISPを非難しているのだ。

米国で先週、AT&Tが10月1日からモバイルデータの定額使い放題プランに制限を設けると発表して話題になった。引き続きデータ転送量は無制限であるものの、 通信量が上位5%に入るヘビーユーザーの通信速度を制限するという。AT&Tによると、上位5%のデータユーザーとスマートフォンユーザー全体のデータ使用の平均を比べると12倍の開きがあるそうだ。この一部のユーザーによるネットワーク占有の影響は、孫社長も決算説明会で指摘していた。

AT&Tの上位5%の速度制限は、定額使い放題維持という点でキャップではない。そのため速度制限を歓迎する消費者も多い。同社は昨年6月にデータ定額使い放題プランの新規受付を終了させており、今の定額使い放題プラン・ユーザーは終了前から残る契約者だ。上位5%のユーザーだけが問題だと言うのならば、速度制限を実施して定額使い放題の新規受付を復活させてほしいというわけである。しかしながら、ここ最近のAT&Tの帯域管理に対する慎重な姿勢を思い出すと、データ使い放題を再登場させるとは想像しにくい。むしろ今も残る定額使い放題ユーザーに制限をかけて、定額従量制などキャップを設けたプランへのシフトを加速させたいのがAT&Tの本音ではないだろうか。

バックボーンコストが重荷は米ISPのウソ

米国では近年、個人・家庭向けブロードバンドサービスにもキャップが設定されるようになった。筆者が契約しているComcastの場合、データ転送量は月250GBまでで、これを超えると警告が送られてくる。半年以内にもう一度超えるとアカウント削除になる。

キャップを設ける際のISP側の説明はシンプルだ。データ利用の爆発的な増加に歯止めをかけなければISPはコストをコントロールできず、利益を食いつぶされ、快適なサービスを契約者に提供できない。しかし、この言い分をRobert X. Cringely氏が、ソフトバンクBBのサービスを例に大嘘 だと切り捨てている。

以下のグラフはTeleGeographyによるIPトランジット価格(ISPのインターネットバックボーンへの支出に相当)の都市別比較だ。

IPトランジット価格(1Mbps/月)の推移。緑が東京、茶色がニューヨーク

IPトランジット価格に照らし合わせながらCringely氏は東京とニューヨークのブロードバンドサービスを比較して、以下のように述べている。

「東京でブロードバンド接続にかかる費用はニューヨークの半分程度で、しかも接続スピードは少なくとも4倍である。つまり東京においてソフトバンクBBは、バックボーン容量にメガビットあたり4倍も支払い、そしてニューヨークのVerizonよりも4倍速いサービスを半分の価格で提供している。それでもソフトバンクBBは利益を上げている。(米国の)ISPが何と言おうと、バックボーンコストは重荷ではない。違うと言うならば、それはウソだろう」

ISPは8Mbpsのサービスを提供していても、ユーザーが常に帯域をフル利用しているわけではないので、バックボーン容量は契約者1人あたり例えば50kbpsというようにずっと低い数字を想定している。TeleGeographyの数字によると、ニューヨークの1Mbpsあたりのバックボーンコストは8ドル/月。1人あたり50kbpsを想定していれば、1人あたりのコストは0.40ドルになる。そのサービスをISPは月30ドルでユーザーに販売し、8ドルのコストを超えないようにデータ転送量250GB/月のキャップを設定している。

ISPが想定したバックボーンコスト(1人あたり0.40ドル)の20倍の上限(8ドル)なのだから不合理なものではないように思う。しかしながら「データ・キャップはISPによって仕掛けられた罠である」とCringely氏は述べる。

帯域消費が上がっているのは事実だが、その一方でIPトランジットのコストも年率22%のペースで下がり続けている。キャップが設けられていれば、ISPはユーザーに利益を食いつぶされず、さらに今後のコストの下落分をそのまま利益に上乗せできる。「キャップは2-3年後に発動する収益増加装置だ」とCringely氏。だからISPは、上位5%の速度制限のような手段よりもキャップを好む。そして収益増加装置だから、一度設定したキャップの数値を変更しようとはしない。

個人的にキャップの最大の問題は、ユーザーを特定の利用スタイルにしばり付けることだと感じている。Comcastが250GB/月の上限を設定したときは半分も使っていなかった。ところがDVDで借りていた映画がオンラインストリーミングに変わり、家内がネットラジオを流しっぱなしにするなど、ネットの利用スタイルの変化で半分に達するようになった。Flickrへの写真転送も、最近は毎回数GB規模だ。先月のMac App Storeを通じたOS X Lionへのアップグレードは3台で12GB。最近は500MB超のiOSアプリもめずらしくない。ケーブルTVの"ケーブルカット"を実行したいのだけど、そうしたらキャップを超えてしまいそうで、なかなか踏み出せない。しかし、そうした躊躇は立ち止まっているようで、なんだかもったいない。いつの間にか、ビジネス用のサービス契約を真剣に検討せざるを得ない状況になっている。

モバイルにおいても、例えば撮影した写真を自動的にアップロードしてくれるGoogle+のInstant Uploadは便利な機能なのだけど、調子に乗って撮りまくるとすぐに数10MBになる。3Gで送った方が便利だけど、今のサービスのキャップを考えてWi-Fiでの転送に制限している。手頃なプランだとシンプルなWebサービスやインターネット利用にしばられ、Instant Uploadを自由に使えるようなプランは高くなる。モバイルは個人・家庭用ブロードバンドよりもネットワーク圧迫が深刻な問題だと思うが、後者をより多くの人が自由に利用できる将来を通信キャリアは思い描いてほしいものだ。

こうしてキャップにしばられた米国でインターネットを使っていると、日本のブロードバンド環境がうらやましい。同時に日本人として歯がゆくもある。快適とは言い難いネット接続環境の米国から、帯域を必要とする音楽配信サービスや映画・TV番組のオンデマンドサービスなどが成長しているのに、日本での動きは鈍い。一時は貧弱な米国のネット環境では利用できないようなネットサービスが日本で台頭するのではないかと心配(米国在住なので)したものの、そんな気配は感じられない。日本の豊かなネット環境が活かされていないのは、何とももったいないと思う。