「ハイテク企業で働いているなら、これからテキサス州東部地区に旅行する機会が増えるだろう」と、フリージャーナリストのJames Turner氏が同地区の旅行ガイドを書いている。近年増加するパテント侵害訴訟やパテントトロールを皮肉ったものだ。

パテントトロールとは、自分たちが保有する特許に基づいた製品やサービスを提供せず、特許に抵触している企業や個人を見つけ出して賠償金やライセンス料の取得を狙う行為を指す。批判的な意味が多分に含まれる言葉だ。

なんでテキサス州東部地区かというと、Eastern District of Texas (EDTX)の裁判所はパテント侵害訴訟において侵害を主張する原告に有利な判決を下してきており、そのため同地区の裁判所を指定して提訴するケースが急増しているからだ。Turner氏によると2003年に14件だったパテント訴訟が2006年には236件に伸びた。The Hillのデータだと、2010年も前年比20%増と増加の一途である。中でもマーシャル支部が非常に高い原告勝訴率で知られており、人口25,000人弱の小さな田舎町での判決に数々のグローバル企業が翻弄されている。

ハイテク産業の中でも、特にこれからテキサス州東部地区からの呼び出しに悩まされそうなのがモバイル・プラットフォームに関連する開発者や企業である。今年前半に特許ライセンス会社Lodsysが、モバイルアプリのアプリ内課金に関してiOSアプリやAndroidアプリの開発者の特許侵害を主張し始めたのは記憶に新しい。今月インドから新手が現れた。Kootol Softwareという会社が、米国の米国特許商標庁に「A Method and System for Communication, Advertising, Searching, Sharing and Dynamically Providing a Journal Feed」(11/995343)を申請していることを明らかにした。ダイナミックなリアルタイム・コミュニケーションに欠かせないコア技術だという。以下は通告を受けた企業の一部だ。

Twitter、Microsoft、Yahoo、Google、Facebook、Apple、Amazon、AOL、Nokia、Ford Motor、Foursquare、IBM、Linkedin、MySpace、NING、Research In Motion、Quora、Salesforce.com、Seesmic、Siemens Enterprise Communications、Twitpic、The Iconfactory、Yammer

Kootolの設立は2010年。申請している技術については公知技術 (Prior Art)の可能性が指摘されている。また承認の見通しが立った段階での通告という気の早い行動も話題になっている。だからといって、一笑で片付けられるものではないのだ。

Webサイトで権利を主張する技術を説明するKootol。「Google似のロゴは著作権違反じゃないのか!」とからかう声も

大企業はともかく、訴訟費用を捻出できない個人や小規模のアプリ開発者は、パテントトロールのターゲットになるだけで身動きがとれなくなる。今月13日に英国のモバイルアプリ開発者Simon Maddox氏が、米国のアプリストアから製品を引き上げたことを明らかにしたのが話題になった。同氏は「予備の銀行口座に全売上げの0.575%を入れておいた。くたばれ、Lodsys」とツイートしている。同じ日にTwitterrificの開発で知られるIconfactoryのCraig Hockenberry氏が「個人開発者の浮き沈み」と題したブログ書き込みを公開した。モバイルアプリ開発者が直面しているパテント問題について「恐ろしいのは、われわれの製品やWebサイトのどこにでも侵害行為が起こり得ることだ。誰かの知的財産を侵すという想像だにしなかった問題に直面する。まるで地雷原でコーディングしているような気分だ」と不安を露わにしている。さらに同15日にKootolの問題が明らかになると、英国のモバイルアプリ開発者であるShaun Austin氏が「米国でのソフトウエア販売はすでに継続不可能な転機を迎えたようだ」とツイート。個人や小規模な開発者の間の動きではあるものの、今月に入って米アプリ市場から撤退する気運が急速に高まっている。

そもそもなぜ米国だけがパテント問題の地雷原になっているかというと、米国はパテントに関して先発明主義(First-to-Invent)を採用する独特な国で、かつKootolの問題に見られるように議論を呼ぶパテントが認められやすい。その結果パテントトロールのような行為が横行し始めた。ソフトウエア産業では大企業がパテント訴訟から自分たちの製品を守るためにパテントを取得し、ライセンス交渉の武器として不要なパテントまで買いあさる。小さいながらも地道にアイディアを形 (製品)にしている個人や小規模の開発者がパテントトロールに苦しめられているのが現状だ。しかしながら、特許ライセンスに絡む全てのビジネスが、パテントトロールを仕掛ける会社のように他人の努力を食いものにする輩というわけではない。個人や小規模な開発者の発明が大企業から搾取されるのを防ぎ、また製品化の手段を持たない発明家を手助けをする人たちや会社もある。産業全体で見れば、米独特のパテント制度は中小企業や個人が活動しやすい環境という見方もできる。このジレンマが問題を根深いものにしていた。

ソフトウエア技術に関して米国市場が信頼できないというのは、開発者やユーザーにとって困った話しだが、ようやくというか、ついにというか変化の兆しが見え始めている。これまでに提案が否決され続けてきた米国特許法改正法案が6月23日に下院本会議を通過した。先発明主義から国際的に採用されている先願主義 (First-Inventor-to File)への移行、そして特許付与後の米国特許商標庁による再審査プロセスの改善などが盛り込まれている。3月に上院案が承認されており、あとは上院案と下院案の細かな調整を残すのみだ。

ジレンマを解消する上で、オバマ大統領はこの特許法の大胆な改正を「時代に合わせた改革」と表現していた。パテントの一番の目的は発明者の保護ではない。発明や技術を幅広く共有し、社会のために役立てるための制度である。その点で米国のパテント取得に対する寛容なアプローチはかつては有効だった。だが、今日の社会発展を担うIT産業においては衝突を生み出す。もちろん改正案ですべてがスムースに動き出す保証はないのだが、下院において中小企業団体から支援を受ける議員の反発が見られた再審査プロセスの改善も無事に残された。発明や技術を社会貢献・社会発展につなげるという基本的な考えはしっかりと浸透しているようだ。社会発展という原点を示して、時代に合わせた変化を納得させるあたり、やはり巧いと思う。