6月24日(米国時間)にAppleがiCloudのQ&Aドキュメントを更新し、秋リリース予定の正式版でメール/連絡先/カレンダー/iPhoneを探すためのWebインタフェースを用意することを明らかにしました。ネイティブアプリケーションとの組み合わせによる優れた利用体験がiCloudの肝であることに変わりはないものの、MobileMeからの4つのサービスに関してはiCloud.comを通じた情報へのアクセスが可能になります。初出時には「Webインタフェースが用意されない」としていましたが、情報アップデートを踏まえて27日に加筆・修正しました。

「データやアプリケーションがインターネットの向こう側のサーバ群に所在するからネット接続さえあれば、デバイスやプラットフォームの違いを問わず利用できる」…… Googleユーザーならクラウドコンピューティングのメリットを、そのように答えるのではないだろうか。同社のGmailはモダンブラウザを通じて、Windows PCでも、Macでも、スマートフォンからでも利用できる。

では、デバイスのネイティブアプリケーションと組み合わせないと実力を発揮しない、だからデバイスも限られる。そんなクラウドサービスはいかがだろう?「"PC+ネイティブアプリケーション"から、デバイスを問わない"Webアプリケーション"へ」という、Googleが推進してきたクラウドの流れに全く乗っていない。クラウドの利点を押さえ損なっているんじゃないかと言いたくなる。しかし、それがWWDC 2011でAppleが発表したiCloudである。

iCloudの最大の特長は、対応デバイスのネイティブアプリとの連携だ。iCloudを有効にすると、写真やiPhoto、メールなどデバイスのネイティブアプリからiCloudにデータやファイルが自動的にアップロードされる。そしてiCloudは、同サービスが有効な別のデバイスにデータやファイルをプッシュする。その時にも、ちゃんとネイティブアプリですぐに使用できる場所にファイルが収められる。例えば、外出先でiPhoneで撮影した写真が、帰宅後にMacを起ち上げるとiPhotoの写真ライブラリに収まっている。すべて自動。ユーザーが自身の手でクラウドからファイルをダウンロードしたり、同期フォルダからファイルを移動したりする必要はなく、コンテンツ管理から開放される。

iCloudを有効にすれば、あとはすべて自動。クラウドとネイティブアプリが連携する

iCloudは、アプリケーションが動作するためのリソースを割り振るような形でデータストリームを編成する。WWDCの基調講演でスティーブ・ジョブズ氏は「空に浮かぶハードドライブといった単純なものではない」とめずらしく控えめにアピールしていたが、思想的にはOSに近いと言える。だから先週SamsungとAcerが米国で搭載製品を発売したChrome OSノートとiCloudを比較すると、ポストPC時代のクラウドのあり方に対するGoogleとAppleのアプローチの対照的な違いが浮き彫りになって面白い。

クラウドがネイティブアプリをより便利に

クラウドをネイティブアプリの代用品のように見なす企業が多い中、Appleはクラウドがネイティブアプリをより便利にすると考える。WWDCでジョブズ氏は、iCloudを「It just works (とにかく使い物になる)」という3語でアピールした。

今のところ試せるiCloudのベータサービスは、Appleのオンラインストアから入手したアプリとブック、そして音楽 (米国のみ)を、同じApple IDで使用しているデバイスに自動配信する機能のみ。これらはスムースに動作するものの、Appleがノースカロライナに建造したデータセンターはまだ本格的に稼働していない模様で、同社がベータ版の運用にMicrosoftのAzureを用いているという議論が持ち上がっている

iCloudの実体はまだ見えてこないが、ネイティブアプリ+クラウドの"It just works"なサービスがどういうものかはMobileMeユーザーならすでに体験済みだ。同サービスからメール/ カレンダー/ 連絡先の3つだけが残されたが、これらはMac OS XまたはiOSのネイティブアプリと連携するサービスだ。各デバイスまたは対応アプリでMobileMeアカウントにログインするだけで、常に最新のデータでアプリが利用できるように同期される。

MobileMeを例に挙げてもピンと来ない人は、Dropboxを想像してもらいたい。同サービスの人気が高いのはWindows用やMac用のソフトウエアが優秀だからだ。同期フォルダに投げ込むだけで、自動的に他のデバイスの同期フォルダに反映される。Webインタフェースも用意されているが、ローカルの同期フォルダで管理した方がスムースで直感的に運用できる。

Gmailも、Webアプリよりも専用のネイティブアプリの方が使い勝手が良い。スマートフォンでGmailを利用する場合、iOSではSafariからモバイル版にアクセスする方法よりも、メール・アプリとの組み合わせの方が便利だ。それら2つよりも、AndroidのGmailアプリの方が快適にGmailを使用できる。

クラウドコンピューティングがCloudと呼ばれているのには、サーバ群が雲のようで、ユーザーがその存在を意識せず利用できるという意味が込められている。では、よりクラウドな印象が強いWebアプリの方がクラウドを意識せずに済むかというと、現状では逆である。GoogleのクラウドサービスをWebアプリで使用する専用デバイスChrome OSノートを使ってみると、Webアプリのみの利用体験は快適とは言い難い。ハードウエアと密接に結びついたネイティブアプリとの組み合わせに比べて、Webアプリにはデバイスとの間に隔たりがあるような感じで、その不便さがユーザーにクラウドの存在を意識させる。

そこでWebアプリが開花の時期を迎えるまでの中継ぎとして、Googleはネイティブアプリを活かせるAndroidを用意しているが、Web企業である同社が軸足をネイティブアプリに置くわけにはいかない。だからAppleがネイティブアプリに完全に絞り込んでクラウドサービスを展開してきたのは、Googleにとってうれしくないシナリオだと思う。

一方、iCloudの不安材料は広がりの乏しさだ。Windowsにも対応するものの機能は限定的。iOSデバイスとOS Xデバイスに限られるのでは、Appleのプラットフォームのクローズドさがさらに強まる。ユーザーをがっちりと囲い込める反面、Appleが用意した環境に浸るのを嫌がる人も増えそうだ。早晩、ユーザーの広がりに壁が見えてくるかもしれない。

WWDCにおいてAppleはApp Storeで配信しているアプリが425,000個に達したとアピールしていた。しかしながらAndroidを相手に、このまま数の勝負を続けていても旗色が悪いのは否めない。一つ一つのデバイスをつむいで実現する新たなビジョンにユーザーの関心を集めようとするのは、Appleの利点を活かして数に対抗する順当な戦略と言える。そのために、iCloudをネイティブアプリを生かすためのクラウドに仕立てたところに唸らせられる。このようなユニークで大胆な一手は追う立場のMicrosoftやPalmが打ってくるべきだと思うのだが、追われる立場のAppleが繰り出してきたのだ。