Facebookが新たなプライバシー侵害問題に直面している。

今回問題になっているのは顔認識技術を使って写真のタグ付け支援する「Tag Suggestions」だ。Facebookが数カ月前から米国でロールアウトし始めており、その地域拡大に乗りだしたところ、欧州においてプライバシー保護団体などからプライバシー侵害の可能性が指摘された。欧州連合(EU)のデータ保護の監督機関も懸念を表明し、調査する意向を明らかにしている。

Tag Suggestionsは、Facebookにアップロードされた写真に写っている人物を顔認識技術を使って自動的に分類し、ユーザーにタグ付けを促す。その際に友だちリストに照らし合わせて、友だちである可能性が高い場合は候補として示される。合っていれば確認だけでタグ付け完了だ。短時間で写真を検索対象にできる非常に便利な機能である。

Tag Suggestions

これが問題視されているのは、同機能が標準で有効になっているからだ。いわゆるオプトアウト方式で、候補に自分の名前が示されることを事前に拒否することができない。しかもオプトアウトする方法が非常にわかりにくい。「アカウント」から「Privacy Setting」に進み、左下に小さく表示されている「Customize settings」に入って、さらに「Suggest photos of me to friends」から「Edit Settings」を選んで、ポップアップ画面で「Disabled」を選択するという具合だ。これはもう隠していると言われても仕方がない。

ちなみに写真のタグ付けができるのは友だちに限られ、友だちがタグ付けした場合は通知が届く。また、友だちが付けたタグを削除することも可能である。だが、EUのルクセンブルグ代表のGerald Lommel氏は「人物の写真にタグを付けるのは当人からの事前の同意に基づいてのみ行われるべきもので、標準で有効にされるべきではない」としている。

存在する顔認識技術を活用しないのは不毛

サービス自体は先に始まっていたのに、欧州で問題視されてから突然騒ぎ出した米国のメディアは何だかなぁ……と思うが、今は「婚活パーティの写真にタグが付けられて、自分が参加していたことが、どこかから同僚や取引先にバレたらどうするんだ!」というような、怒りと困惑、そして誤解が広がっている。Tag Suggestionsに対する逆風は強く、オプトアウト方法の解説があちこちで紹介されているのが現状だ。

そのような中でTim O'Reilly氏が「Facebook's face recognition strategy may be just the ticket」と、顔認識技術に対するネガティブな反応に警鐘を鳴らしている。すでに顔認識技術は、政府機関、マーケティング会社、保険会社など、様々な場所で使われている。例えば、米国ではスーパーボウルのような大きなスポーツイベントで警察当局が顔認識技術を用いて入場者をチェックし、指名手配者を確保しているのは有名な話である。すでに顔識別技術は存在するのだ。それをまるで存在しないかのように振る舞って、こうした一部の機関や企業に活用させるだけでいいものかと、同氏は問うている。

プライバシーに関して、データマイニングやマシンラーニングですでに可能なことについて現実から目を背けるのは短絡的だとO'Reilly氏は指摘する。顔認識技術がデータの価値を高める可能性をFacebookが根気強く示すことで、プライバシー侵害への懸念を鎮めることができると主張。「プライバシーの秩序は、インサイダー取引に適用されているのと同じモデルに移行する必要があるのではないかと思う。処罰の対象になるのは秘匿情報の所有ではない。他が知らないことにつけ込んだ情報の悪用である」と述べている。

すでに存在する顔認識技術から目を背けるのは不毛だというO'Reilly氏の言い分はもっともだと思う。今やパソコンだけではなく、スマートフォンも前面カメラを備えている。例えば、スマートフォンのロック解除に顔認識を用いれば、複雑なパスコードやパターンの入力が不要になる。実際に、そうした試みが見られるようになってきた。デバイスで完結させるのではなくWebにも応用すれば、その可能性はさらに広がる。前回のResearch@Intelで紹介したように、Webサイトのログインの二重認証に顔認識で本人の存在を確かめる方法を組み合わせれば、安全かつ素速いサイトへのアクセスが可能になる。実名と本人が写っている写真の組み合わせは、SNSにおいてなりすまし防止になるし、友だちと一緒に写真に写っていればそれだけ近い関係であるとサービスが判断する材料になる。

クラウドに個人の情報を提供するのは、銀行にお金を預ける感覚に似ていると思う。それによって自分も資産管理や買い物が便利になるし、預金が経済活動の活性化に役立てられる。ただ、大切な財産だけに預ける先を慎重に選ぶし、問題が生じたときの補償も考慮に入れる。そうしたユーザーとの信頼関係構築を意識したサービスであれば、O'Reilly氏が主張する「インサイダー取引に適用されているのと同じモデルに移行する必要がある」というのは実りがあると思う。

逆風の中でO'Reilly氏の応援はFacebookにとって心強いと思うが、同時に同社は安易な退路を断たれたも同然である。Tag Suggestionsをユーザーがあまり使わなくなるようなオプトイン方式に変えれば、ソーシャルグラフ活用をけん引する企業としての資質が疑われる。しかしながら、今の逆風をパワーに変えるには相当粘り強い対応が強いられる。上場を前に目先のソリューションを選ぶか、それともSNS大手として意地を通すか。Facebookの今後を判断する拠り所になりそうだ。