今年のゴールデンウィークは、帰省中にSteven Levy氏の話題の新著「In the Plex」を読了した。副題は「How Google thinks, works, and shapes our lives」。いわゆるGoogle本である。「またか!」「いまさら」という声が聞こえてきそうだが、この本にはこれまでのGoogle本にはない情報が詰まっている。Google創設者の2人が対メディアという点で社交的ではないためか、Google本は数多く存在するものの、Google内部の声を伝えるものは非常に少ない。Levy氏はスタートアップ時代からGoogleの懐に入り込み、トップの信頼を得て、これまで数百人規模のGooglerにインタビューし、さらに社内の重要な会議も参加してきた。その長年の取材成果をまとめた「In the Plex」は、Google本社 (Googleplex)の中で起こってきたことを伝える数少ないGoogle本の1つとなっている。

Androidのマスコットが並ぶGoogleplexのBuilding 44

現在Levy氏は新著を抱えて全米を講演ツアー中

「Googleがどのように考え、役に立ち、そしてわれわれの生活を形作っているか」という副題になっているが、内容のほとんどは"Googleがどのように考えてきたか"である。特にスタートアップ時代のエピソードは、新興会社ならではの勢いがあって単純に面白い。

例えば、Googleを支援したベンチャーキャピタルKPCBのJohn Doerr氏が立ち上げ期にもっとも懸念していたのは、よく言われていた検索サービスの収益モデルではなく、CEO選びだったという。CEOを招き入れることでLarry Page氏とSergey Brin氏を一度は納得させたものの、2人はCEO選びをなかなか進めず、ある日「自分たちでこなせる」と心変わりをDoerr氏に伝えてきた。同氏は2人に見切りを付けそうになったが、2人は確かなデータにしか動かされないタイプなのだと考え直した。そこでIT産業に君臨するトップに直接触れさせることにした。IntelのAndy Grove氏、IntuitのScott Cook氏、AmazonのJeff Bezos氏など、錚々たる面々との面会を設定。ツアーを終えた2人は、すっかりCEOの雇用に積極的になっていた。ところが彼らのスタンダードを満たす人物は、たった1人だけだという。2人の口から出てきた名前は……。

「Steve Jobs」

Doerr氏はJobs氏と懇意な間柄だが、さすがにこれは実現せず、Intelのあるエグゼクティブが有力候補になったものの、最後はEric Schmidt氏で落着した。この話には続きがあり、その後Page氏とBrin氏はJobs氏を良き相談相手として慕い、GoogleとAppleは良好な関係を築く。しかしながらAndroidのある機能がJobs氏の逆鱗にふれ、同氏との距離が離れてしまう。

リスクを恐れず大胆に行動

この本の中でLarry Page氏は大望を持った人物、野心的な人物として描かれている。また、Googleイズムをあらわすキーワードであるかのように「audacious (大胆な)」という言葉がひんぱんに登場する。

「彼(Page氏)は、大胆に行動しないこと(not attempting the audacious)こそ本当の失敗だと考えている。『大望を抱いていたら、失敗からも得るものがある』と述べる。『人々はあまりそのような考えで行動しない』が、Pageは常に実践している。人々が短期的なソリューションを提案したときに、Pageは長期的な考えを持つように主張する」。

このGoogleイズムの維持が、巨大企業に成長したGoogleの大きな課題になっているように思う。例えば、GoogleがSkype買収を検討したときの裏話だ。Google Product Strategy (GPS)ミーティングでエグゼクティブからの承認を得るだけというぐらい実現に近づいたという。しかし担当していたWesley Chan氏は、スタートアップGrandCentralの「生涯1つの電話番号」という音声通話の新コンセプトを高く評価しており、Skypeの買収には反対だった。Skypeのユーザー数は魅力だが、Googleはすでに音声通信も可能な効率的なインフラを所有している。あえてP2Pベースのシステムを取り込む必要はなかった。翻ってGrandCentralは、Googleのスタッフも驚くアイディアを持っていた。

そこでChan氏はGPSミーティングのプレゼンテーションに罠を仕掛けた。Skypeを買収すべき理由を書き連ねたスライドを用意し、あたかも自分がSkype買収を後押ししているかのように説明したのだ。途中でBrin氏が罠にかかった。「誰が(ヨーロッパで)運営を管理するんだ?」とたずねた。それから「規制問題は?」など、次々にエグゼクティブ自身の口から課題を引き出した。Chan氏は途中までSkype買収を擁護し、そして一転Skypeを買収すべきではない理由を説明し始めた。

ユーザー数がトップクラスのサービスを買収して市場で存在感を示すのがPage氏の言う"audacious"ではない。Gmailのような市場を一変させるような大胆なサービスであるべきだ。GrandCentralを組み込んだGoogle Voiceは、残念ながらGmailほどの人気を得ていないが、音声通話を電子メールのように利用するというGoogle Voiceのアイディアを筆者は非常に気に入っている。実に大胆なサービスだと思う。最終的にGoogleはGrandCentralを選んだ。しかしGoogle社内で、Skypeの買収こそがソリューションになると大多数が考えたのも、また事実である。

Eric Shchmidt氏に代わって、今年4月4日にLarry Page氏がGoogleのCEOに就任した。Levy氏による最近のインタビューの中でPage氏は、「インパクトのあることに、人々は十分に取り組んでいないように思う」「失敗することを恐れる人ばかりで、大胆なことが苦手になってしまっている」と語っている。それはGoogleにも当てはまることなのかもしれない。なぜ新CEOがPage氏なのか……In the plexを読むと、今のGoogleが原点回帰を試み始めたように思えてくる。

次回は、Googleのクラウド戦略と先週のGoogle I/O 2011での発表などに照らし合わせながら、引き続きIn the plexを紹介しようと思う。