よく食事に出かける近所の通りの真ん中にBooks Inc.という独立系の書店がある。スタッフは本に詳しいけど、本をたくさん売ることにあまり興味はない様子で、しかも店が狭くて本の品揃えは少ない。雑誌と店内カフェの売上げでなんとかやっていけているという感じだ。気軽に立ち寄れるから個人的には重宝しているけど、突然閉店になっても不思議ではない店だ。

そんなBooks Inc.が、つい最近Google eBooksを用いた電子書籍の販売を開始した。同店のおすすめ作品のサンプルを同店のウエブサイトで読み、そのままGoogle eBooks版を購入できる。本はクラウドの本棚に収められ、ブラウザベースのウエブリーダー、モバイルデバイス (iPhone/iPad/iPod touch、Android)、電子書籍リーダー (Sony Reader、Nook)などを使って読める。

驚いたのは、Books Inc.のスタッフがちゃんとGoogle eBooks版を勧められていたことだ。Amazon.comやBarnes & Noble、Apple (iBookstore)など大手の独壇場だった電子書籍販売を、Google eBooksは街の書店も取り扱えるようにした。救世主と言える。だが、単に電子書籍版も売っているというだけでは、電子書籍へのシフトに本腰を入れているAmazonには太刀打ちできない。各書店が独立系書店ならではのサービスにうまく電子書籍販売を組み込まなければ、Google eBooksは宝の持ち腐れになってしまう。Books Inc.は、まさに中途半端に電子書籍販売に手を出して失敗しそうなタイプの本屋だった。

ところが、電子書籍初心者、そしてネットリテラシーが高い人にもきちんと対応していた。電子書籍の探し方や購入方法、リーダーの使い方がわからなければ、店内でGoogleアカウントの作成から丁寧に教えてくれる。電子書籍ユーザーには、「KindleブックはAmazonのデバイスやアプリケーションに制限されるけど、Google eBooksはネットデバイスを自由に選択して読める。本棚に手を伸ばすのが、ネット接続に変わっただけで、本を所有する形に近いんだよ」という感じで、なかなかわかりやすくGoogle eBooksのメリットをアピールしていた。Googleの指導の賜物なのだろうか……。

Google eBooksの登場でリアル書店も電子書籍を取り扱うことができるようになった

未来の電子書籍はURLベース?

Verso DigitalとDigital Book Worldが書籍購入者を対象に行ったアンケート調査によると、回答者の81%が「競合する価格なら独立系の書店から電子書籍を購入する」を選択した。米国に今ある独立系書店は、地域の文化的な社交場のような存在として生き残っている。それらを地域住民がサポートするべきと考える人が多い。

それでも、"競合する価格なら"という条件が付く。独立系書店が電子書籍販売に参入してきた危機感か、はたまた電子書籍へのシフトが進んだからか、大手がここ最近より積極的な価格で電子書籍を販売するようになってきた。たとえば、電子書籍版が大ヒットしたスティーグ・ラーソンの「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」(The Girl With The Dragon Tattoo)は、現在Amazon.comなどで電子書籍版が5ドルで販売されている。一時のように、売れ筋の作品が12.99ドル、しばらくすると9.99ドルというシンプルな価格設定ではなく、十分に売れた後に今度はその作品にひかれなかった人たちを掘り起こすために大幅値下げしてみる。電子書籍に絶版はないが、ただオンラインストアに置いておくだけでは埋もれてしまう。データを基に、売るための仕掛けを常に講じる柔軟さが見られるようになってきた。

Google eBookstoreでも「ドラゴン・タトゥーの女」は現在5ドルだが、Books.Incのオンラインストアでは同じGoogle eBooks版が14.95ドルだ。これでは競合できる価格とは言い難い。理由をたずねたところ、ペーパーバックと同じ価格に設定しているという。自らペーパーバックを葬るような価格を付けては意味がないという街の本屋らしい考え方だ。だが、消費者の電子書籍に対する声は「競合する価格なら……」である。ペーパーバックと電子書籍を切り分けて考えなければ、せっかくのチャンスを逃がしてしまうのではないだろうか。

たとえばシリコンバレーで最も有名な独立系書店Kepler's Booksだと「ドラゴン・タトゥーの女」の電子書籍版は10.47ドルだ。Google eBooksのほかに、Adobe Digital Editions/ Palm eReader/ Microsoft Readerに対応する電子書籍も販売しており、電子書籍版の価格を統一しているという。今のAmazonなどの5ドルとは差があるものの、少し前なら十分に競争できた価格だ。ここは過去に一度つぶれており、復活後にオンラインストアや古書販売にも力を入れてきた。だから、ペーパーバック新本との比較にはこだわっていないのだ。

囲い込み戦略のKindleがすでに電子書籍市場を席巻した状態で、これから「独立系書店+Google eBooks」の組み合わせがシェアを伸ばすのは難しいという見る向きは多い。その一方で、最近「デジタルコンテンツにアクセスできる権利」と「所有」をめぐる議論が活発になっているのも見逃せない。HTML5べースの電子書籍を提唱するオーストラリアのBooki.shが話題になっているのも、その1つだ。同サービスを支えるIncentive LabsのJoseph Pearson氏は、以下のように語っている。

DRMでロックされた電子書籍ファイルをあなたが"持っている"と主張するなら、その"所有権"の定義は非常にあいまいだ。メジャーな電子書籍プラットフォームから購入したファイルには、ハッキングでもしない限り、その本にアクセスし続けられる保証はないのだ。まずは、そんなろくでもないアイデアを捨て去ることだ。そうすれば本を所有するためのより良い、新しいモデルが成長し始めるだろう。たとえば本がURLならば、URLへのアクセス権を移すだけで驚くほど簡単に友だちに本を貸せる。私にはそれが本を所有する上で欠かせないポイントであり、同時にファイルに対して大きな問題を覚えるところだ。つけ加えると、アクセス権を他の人に移せることによって、再販売の実現など新たな可能性も広がるだろう

クラウドに置いたデジタルコンテンツにアクセスするスタイルは、DRMフリーの所有と海賊行為の防止を両立させるソリューションになり得る。いま音楽でも同様の試みが進んでいるが、モバイルまで含めるとネットワークがボトルネックになっているのが現状である。しかし、書籍は音楽や映像よりもデータサイズが格段に小さい。モノクロでテキスト主体だったら1MBも必要ないから、現在のワイアレスネットワークでも負担にならない。クラウドサービス向きである。DRMフリーがデジタルコンテンツを所有するあるべき姿ならば、URLでデジタルコンテンツへのアクセスを管理するモデルが電子書籍から広がっても不思議ではない。