ついに日本のiTunes Storeでも映画配信が始まった。音楽配信も時間がかかったが、それでも米国から遅れること2年半だった。映画は待つこと4年である。しかし、待てば海路の日和ありだ。メジャーな映画会社が勢揃いとはならなかったものの、予想以上に充実したコンテンツパートナーがそろった船出である。

9月にAppleが開催した音楽・映像イベントで、同社CEOのSteve Jobs氏は「レンタル料金が手頃になり、何度か借りたとしても買うより割安だ」と述べていた。iTunesの映画ストアでは購入またはレンタルが可能だが、同社はレンタルにより映画配信の可能性があると見ているようだ。その姿勢は、第2世代のApple TVがレンタルのみに絞り込まれているところにも現れている。

たしかにオンラインレンタルは便利だ。品揃えが豊富で、いつでも好きなときに借りられる。返却の面倒もない。レンタル料金はどんどん手頃になっていて、米国のApple Storeでは0.99ドル(約82円)で借りられる作品もある。米国で9月にDVDレンタルチェーンのBlckbusterが破産した時に、大きな原因としてiTunes Storeや映画のサブスクリプション形式のストリーミングサービスNetflixなど、オンラインレンタルの成長が挙げられた。それには大きくうなずける。

ただ、オンライン"レンタル"を受け入れたのはユーザーだけではない。むしろコンテンツプロバイダに大きな影響を及ぼしたから、今日のオンラインレンタルの台頭がある。

パソコンでSD版なのにiPhone 4でHD版、この違いは一体?

ちょっとこんがらがる話をするが、辛抱して読み続けてほしい。

iTunes Storeはパソコン版、iOSデバイス版、Apple TV版で購入/レンタルした映画の扱いが異なる。もっとも柔軟なのはパソコン版で、購入/レンタルした映画をパソコンで鑑賞できるだけではなく、iOSデバイスに転送または移動したり、Apple TVにストリーミングできる。注意が必要なのはiOSデバイス版のiTunes Storeだ。レンタルしてiOSデバイスにダウンロードしたHD版の映画はパソコンを含め他のデバイスに転送できない。仕事中にiPhoneにダウンロードしておいて、家に帰ったらすぐにテレビで観ようと思ってもパソコンには移せないのだ。Apple TV(第2世代)はストリーミング端末なので、同端末のiTunes Storeではレンタルのみ。購入はできない。ちなみにハードディスクドライブを備えた第1世代のApple TVでも映画の購入/レンタル・サービスを利用できるが、レンタル・ダウンロードした映画はiOSデバイス同様にパソコンには転送できない。

なんで、こんなに複雑なのか。もっとシンプルに、どのストアでもレンタルした映画はパソコンでもダウンロードできるようにして、レンタル期間中はデバイス間を自由に移動させて何度でも鑑賞できるようにすればいいじゃないかと思ってしまう。一定のルールに従っているとはいえ、これでは転送できたり、できなかったりと訝るユーザーが出てきそうだ。が、このデバイスによって転送/移動できないところがiTunes映画ストアの肝なのだ。

なんで、こんな仕組みなのか? その理由がはっきりわかるのが、iTunes Storeでの「セックス・アンド・ザ・シティ2」の提供方法だ。パソコン版のiTunes Storeで購入/レンタルできるのはSD(標準画質)版のみ。ところがApple TVではHD(高画質)版をレンタルできる。iPadのiTunesではHD版をレンタルでき、購入(パソコンに転送可能)はSD版のみだ。つまり転送できるケースではSD版のみで、iPadやApple TVのような家電ライクでセキュリティが堅牢なデバイスに閉じ込められる場合のみHD版を提供している。やはりパソコンは危なっかしいというわけだ。

iTunesの映画ストアでは、すべての映画作品でHD版/SD版を購入/レンタルできるわけではない。作品によって利用できるサービスが異なる。これまたユーザーには、できたり、できなかったりという印象になってしまうが、レンタルのみや、SD版のみ、またはレンタルだけHD版というようにさまざまな提供方法を選択できるようになったことで、オンライン配信の海賊対策に不安を感じていた著作権者や、DVDリリースとの差別化を図りたい配給会社などが積極的にオンライン配信に参加し始めた。ユーザーにとっては多少複雑になっても品揃えが豊富なのが何よりである。タイトルの拡充という点では08年1月にスタートしたレンタルの効果は非常に大きかった。

コンテンツプロバイダを納得させる上で、iOSデバイスやApple TVの存在は欠かせない。9月のApple TV発表のときに、ストレージを省いた理由としてパソコンのライブラリとの同期の煩雑さを挙げていたが、おそらくより安全なレンタルサービスの実現も大きな理由の1つだったと思う。購入/ダウンロードした映画を転送できたり、できなかったりするiTunesの複雑な仕組みには、Appleとコンテンツプロバイダとの丁々発止の跡が見え隠れする。

ただ、せっかくHD版をレンタルできるのにiPhone 4でしか視聴できないのでは、あまり意味がないと思う方も多いと思う。もっともな意見だ。それをマイナスだと思わずに、それで充分じゃないかと消費者に押しつけるのがメジャーな映画産業のズレたところである。Appleは11月リリース予定のiOS 4.2の新機能AirPlayで、この問題を解決する。iPhoneやiPadでビデオを再生しているときにAirPlayボタンをタップすると、ビデオがApple TVにストリーミングされる。レンタル映画をiOSデバイスから転送できなくても、簡単にTVで鑑賞できるようになる。

iOS 4.2の登場によって、Appleのレンタルサービスを完成させる最後のピースが埋められる。完成図の中でApple TVは、著作権保護と快適な映画鑑賞を両立させる大切な役割を担う。iTunes映画ストアユーザーのマストアイテムと呼べる存在であり、だから8,800円という手頃な価格は重要だ。

9月のイベントでは、One more hobby...と紹介されたApple TVだが、ホビー以上の役割を担う

日本は2006年9月の米国での映画配信開始から4年も待たされたものの、最初から成熟したサービスを利用できる。Appleの取り組みが大きなマイルストーンに到達することを考えると、むしろ絶妙のタイミングでのスタートと言えるのではないだろうか。