OracleがAndroidに関してGoogleを提訴したのは、Googleやオープンソースコミュニティにとって"寝耳に水"な出来事ではなかった。「ついに訴えてきたか」と受け止められている。それでもGoogleにとっては非常に厳しいタイミングでの訴訟になった。

AndroidプラットフォームはモバイルデバイスでのJavaアプリケーション動作を実現し、しかもApacheライセンス v2で公開されている……これがSunの知的所有権を侵害しているのではないかという議論は2007年11月の発表時からわき起こっていた。同プラットフォームにおいて、Android用のアプリケーションはDalvik VMという仮想マシンで実行される。Googleに言わせれば、Dalvikは少ないメモリーフットプリントに最適化されたDalvik Executable (.dex)形式のファイルを実行するLinuxカーネルに依存した仮想マシンである。Javaプラットフォームの構文とJava SEのクラスライブラリは用いているものの、Javaバイトコードは使用していないし、Java仮想マシンも動作していないという主張になるかと思う。このAndroidにおけるDalvikというソリューションについては、GPLv2下におけるJava MEとクラスパス例外が適用されるJava SEの違いを含めて、Metaweb (現Google)のStefano Mazzocchi氏のブログ書き込み(07年11月)に詳しい。

Dalvikに問題がないかというと、特許侵害の懸念はずっとくすぶり続けていた。"Javaの父" James Gosling氏が12日(米国時間)にブログで以下のように述べている。

OracleがついにGoogleに対して特許訴訟を起こした。驚くようなことではない。SunとOracleの統合プロセスのミーティングにおいて、われわれはSunとGoogleの間の特許問題について質問攻めに遭い、そしてOracleの弁護士の目が輝くのを目の当たりにした。SunのDNAには特許訴訟など組み込まれていないのに、悲しいかな……。幸い訴訟案件に選ばれた私の特許は1つ(RE38104)だけにとどまった。この騒動に巻き込まれないことを望む。

Gosling氏はGoogleに対して批判的ではないが、その口ぶりからはDalvikが抜け道であり、これまで抜け道を見守ってきたというような雰囲気が伝わってくる。

今年のGoogle I/Oでも報道関係者とのQ&AセッションでAndroidの特許侵害の可能性に質問が及んだ。その際にGoogle創業者のSergey Brin氏は、発明者の功績が報われる形で人々にアイデアが広まるようにするのが特許のあるべき姿であり、排他的で、人々の活用を閉ざすような特許運用には問題があると指摘した。

一方Oracle側の見方はというと、たとえばOracle OpenWorld Tokyo 2006において、オープンソースソフトウェアが商用ソフトに与える影響を質問された時のLarry Ellison氏のコメントだ。以下はマイコミジャーナルのOracle OpenWorld Tokyo 2006 レポートからの引用。

オープンソースには、神話的なものがつきまとっているようだが、無償での開発ということには現実味がない。Linuxは実際には、IBMやインテル、オラクルが開発した。

「神話的なもの」とは、どのようなものを指すのか興味を覚えて調べてみたところ、Computerworldによると「romantic notions」という表現だったようだ。今回の訴訟に直接関わってくるコメントではないが、OracleとGoogleの立ち位置が浮き彫りになる言葉だ。"ロマンチックな考え(理想)"に頼らないEllison氏はリアリストであり、人々が活用できるように緩やかな特許運用を主張するBrin氏はまさにロマンチストである。

Google I/Oで報道関係者からの質問に答えるSergey Brin氏。Googleは訴訟問題を乗り越えられるようにパートナーと協力し、またパートナー支援していくとしながらも補償の提供には消極的だった。

Google側に立ってDalvikを考えると、クライアント側のプログラミング言語としてJavaの可能性を広げ、開発者のJavaに対する注目を引き上げる存在という感じになるのだろう。Javaコミュニティに利益をもたらす。だが、一企業としてJava関連の特許を管理するOracle側にとっては"意図的かつ直接的に、再三にわたって知的財産を侵害する存在"である。ロマンチストとリアリストの意見が食い違うところだ。オープンソースコミュニティはロマンチストの言い分に傾き、Android訴訟が明らかになってからOracleに対する逆風が強まっている。だがロマンチストの言い分は特許法という現実的なものさしでは測りにくく、特許侵害を問われれば分が悪いという見方が優勢である。

将来的に2つのアプリモデルが1つに収束

Android 2.2 "Froyo"を発表した今年のGoogle I/Oで、Googleのエンジニアリング担当バイスプレジデントVic Gundotra氏は、iPhoneの独走を防ぐのがAndroid提供の大きな目的であったことを明かした。モバイルWebの普及を後押しするGoogleにとってiPhoneの大ヒットは歓迎すべき出来事だったが、iPhoneの一人勝ちではモバイルWebがクローズドなプラットフォームに独占されてしまう。オープンで自由な対抗馬が必要だと考えた。

GoogleのVic Gundotra氏。Androidはスマートフォンの"自由"な選択肢としてiPhoneに対抗するとアピール

Web企業であるGoogleにとっては、初代iPhoneのようにWebアプリでサードパーティ開発者をサポートするのが理想的だろう。Gundotra氏は、これまでに何度か初代iPhoneにおけるAppleの開発者サポートの挑戦を公の場で称賛している。だが、初代iPhoneの開発者サポートは失敗に終わり、iPhone 3Gでのネイティブアプリ・サポートがiPhoneの爆発的な普及を促した。もし今だったらAndroidは、Chrome OSのようなWebアプリを軸としたプラットフォームに仕上げられたかもしれない。2007年後半には望むべくもなく、iPhoneの対抗馬として成長させるには時期を待つわけにもいかなかった。加えてAndroidは様々な種類のハードウェアをサポートする必要があったから、仮想マシン(=Dalvik)でネイティブアプリというソリューションに至ったのだろう。

Nielsenの調査によると、Android携帯は今年4-6月に米国におけるアクティベーション数でiPhoneを上回った。iPhone 4発売前の時期とは言え、このAndroidの健闘は「iPhone以外の選択肢をコンシューマに提供する」という目標を達しつつあると評価しても良いのではないだろうか。

それだけに、今回のOracleのAndroid訴訟は痛手である。Android参入に踏み切り始めたOEM/ODMやアプリ開発者はGoogleのロマンチックな理想に賛同しているのではない。ユーザー数、スマートフォン開発コスト、アプリ開発の自由さ、プラットフォームの信用や見通しなどを厳しく評価しており、特許訴訟はAndroid参入に二の足を踏ませる現実的な理由になり得る。iOSプラットフォーム追撃が水を差される形になりそうだ。

OracleとGoogleの間でライセンス合意が実現するのか、それともDalvikのようなソリューションを巡って泥沼化するのか……Oracle対オープンソースコミュニティのような対立になってしまうとGoogleも落としどころを探るのが難しくなりそうだ。個人的には訴訟の行方以上に、これをきっかけにGoogleがAndroidプラットフォームをどのように修正するかが気になる。現在Googleのロードマップには「AndroidとAndroid Market」、「Chrome OSとChrome Web Store」というアプリストアを含む2つのモバイルプラットフォームが存在する。今後の変化に柔軟に対応できるように、現時点では2つの異なるアプリ・モデルに投資し続けるという判断だ。だがGoogle I/OにおいてSergey Brin氏は「将来的に2つのモデルは1つに収束するだろう。それも、それほど遠い未来ではない」と語っていた。HTML5に対応するWebブラウザは、PC向けブラウザよりもモバイル向けブラウザの方が全体に対する割合が高く、モバイルの方がHTML5世代の技術を受け入れやすい環境が整っている。この訴訟はWebアプリモデルへのシフトを加速させるきっかけになるのではないだろうか。