少し前の話になるが、Daring FireballのJohn Gruber氏が「失敗の正しい認め方」と題して、6月2日のJim Joyce審判の誤審会見を紹介していた。それはメジャーリーグのタイガース対インディアンス戦で、パーフェクトゲームまであと1人というところで起こった。27人目のバッターの打球は1塁ゴロで、ベースカバーに入ったピッチャーがボールを受けて打者よりも一歩先にベースを踏んだ。誰もがパーフェクト達成だと思った瞬間、Joyce審判のコールは"セーフ"。バッターまであっけにとられてしまうほど明らかな誤審だった。

Joyce審判はパーフェクトゲームを消しただけではない。メジャーリーグでは今シーズンすでに2度パーフェクトが達成されており、おそらく二度とチャンスはないであろうシーズン3回のパーフェクトまであと1人というアウトだった。そんな世紀の記録を吹き飛ばしてしまったのだ。

試合後の記者会見は、間違いなく気まずい雰囲気になると思った。ところがJoyce審判はGruber氏が指摘しているように、言葉使いこそ悪かったものの言い訳したり、口ごもったりせず、仕事へのプライドを語りながら堂々と自分の失敗を認めた。その真摯な態度が認められ、翌日の感動的なメンバー交換につながる。

筆者は「コミッショナー権限で認定パーフェクトゲームとかになるのかな……」とか予想していたが、どうもそれは少しでも減点を減らそうとする日本人的な考え方であるようだ。多くの米国人は世紀の失敗(誤審)が真摯に挑んだ結果なら、世紀の記録(年3回のパーフェクト)に匹敵する価値があると認めるようだ。

さて大失敗というと、先週GoogleがコラボレーションサービスWaveの開発からの撤退を発表した。同社はこれまでいくつものサービスの開発を打ち切ってきたが、Waveは昨年のGoogle I/Oの2日目基調講演をまるまる使って鳴り物入りで発表したサービスである。開発者やユーザーの間で「これはスゴいサービスになる」という期待が高まっていたし、発表を目の当たりにした筆者もそのように感じていた。

2009年のGoogle I/OでWaveを発表するLars Rasmussen氏

それだけに早期撤退となれば"失敗の認め方"が難しい。「ユーザーはFacebookで十分だった」とか「発表のタイミングを誤った」などなど、勝手に言い訳を想像しながら発表に目を通したのだが、う~~ん。まいったね。そこに書かれていたGoogleフェローUrs Holzle氏のメッセージは非常に簡潔。いっさい言い訳をせずに、Waveを手がけてきた経緯を改めて説明した上で開発継続に十分なユーザーを獲得できなかったことを率直に認めた。仕事へのプライドを示しながら堂々と誤審を認めたJoyce審判のようである。

失敗を前提にとにかく素早くやってみる

タイミングよくGoogle Wave撤退発表の前日に、Slateで、Google ResearchディレクターのPeter Norvig氏がGoogle社内でエラーや間違いがどのように受け止められているかについて語っている。そのインタビューが面白かったので一部を紹介しよう。

Norvig氏はGoogleの本質をエンジニアの文化であるとしている。創業時にLarry Page氏とSergey Brin氏がある投資家と会談した際に、売上げを伸ばしていくか、それともマーケティングで成長するか、方向性をまず固めなければならないと言われたそうだ。そこで2人が「ボクたちはエンジニアリングで行くつもりだ」と答えると、「世間知らずのナイーブな学生だね」と失笑されたそうだ。しかしエンジニアの文化を屋台骨に、これまでのところGoogleは大成功を収めている。それは失敗や間違いから学ぶ文化であるという。

「政治家が過ちを認めたら弱みになるが、エンジニアはむしろ間違いを歓迎する。もし実験において常に正しい答えばかりが返ってきたら、それは実験に足る十分な情報とは言えない。エンジニアはコイントスのようにどちらの面が出るかわからない実験に価値を見出す」(Norvig氏)。

失敗や間違いを前提とした考え方はハードウェアにも反映されている。普通は信頼性が高く故障しないハードウェアでデータセンターを構築しようとする。だがGoogleはどんなに高価なハードウェアでも故障やトラブルが避けられないと考えて、安いハードウェアで数を増やして多重バックアップと問題回避のルート作りに力を注いだ。

チープなパーツで構成されたGoogle最初のプロダクションサーバ

社員がなにかアイディアを思いついたときにプロジェクトは小さい規模で、そしてすばやく進められるという。プロジェクト推進の許可を得るために社内で賛同者をかき集めて政治的な活動にいそしむ必要はない。Googleのプロジェクトはすべてボトムアップで、上司の承認は必要ない。統計を基に成果を効率的に判断する仕組みができあがっており、まずは2-3人規模でプロジェクトをスタートさせてのし上がっていくのだ。もちろん成功につながるのはごく一部で、平均3カ月程度の短いサイクルで次々にプロジェクトが現れては消えていくそうだ。

実験を通じて間違いを見つけて修正し、失敗したら、そこから学ぶことの繰り返しがGoogleを支えている。だから実験的なプロジェクトだったWaveが最終的な形にならなかったのは同社においては、それほど大きな問題ではない。ただWaveのような大規模な失敗が、同社の失敗から学ぶ文化を萎縮させる結果になると非常にマズい。その懸念からか撤退発表の日に、TECHNOMYカンファレンスに参加したCEOのEric Schmidt氏がめずらしくぶら下がり取材を受け、その様子がYouTubeで公開されている。

同氏は「われわれは失敗もほめ称える。困難な挑戦が認められる会社であり、そこから何かを学び取れば成功できなくても構わない」と語っている。