下の記号が何を表しているかわかるだろうか?

英国のMac OS X/iPhoneアプリケーション開発者Matt Gemmell氏が考案したマルチタッチのジェスチャーを表す記号だ。左から「回転」「ピンチアウト」「タップ後にしばらくホールドしてからスワイプ(ドラッグ)」である。同氏はこれらを「Touch Notation (タッチ表記法)」と呼んでいる。

iPhone/iPadのようなタッチデバイスにおけるマルチタッチは「直観的にジェスチャーで操作できる」とよく表現されているが、その操作を特徴を含めて文字で伝えるのは難しい。上の「タップ後にしばらくホールドしてからスワイプ」など、コンボ技でも繰り出せそうな複雑な操作に思えてしまう。ところが実際にやってみると、どうってことのない簡単な動きである。

数字と記号を組み合わせて「3本指でダブルタップ」

Touch Notationは、Gemmell氏が紙と鉛筆を使ってiPhone/iPadアプリのアイディアを練っているときに生まれた。ジェスチャーの説明は長くなる上に見直したときに分かりにくく、動きが伝わって、かつ簡単に書き込めるシンボルがあると便利だと思った。実際にTouch Notationで表現してみるとスケッチに動きが加わり、しかもTouch Notationのままクライアントに見せた方がジェスチャーを理解してもらいやすかった。

アプリ開発者が自分で開発したアプリでも、文字で表現したジェスチャーはわかりにくいのだ。ユーザーにとってはなおさらだ。先週試したあるiPad用ニュースリーダーアプリは、要所にジェスチャーの解説が表示されるようになっていた。「分類を切り換えるには左にスワイプし、トピックに移動するには右にスワイプしてください」というように文章で丁寧に説明されていて、ユーザーサポートに対する開発者の熱意が伝わってくる。だが、残念ながら逆効果である。実際に、そのアプリを使ってみると、ジェスチャーがきちんとアプリの操作に反映されていて直観的に動かせる。シンプルで快適である。ところが文章による長い説明からは操作のシンプルさがまったく伝わってこない。それどころか長い操作説明が画面に現れた瞬間に、アプリがとても複雑なものに思えて、その先に進む気分が一気に減退した。

ジェスチャーによる簡単操作を伝える難しさには、Appleも頭を悩ませているようだ。それがよく現れているのが、マルチタッチ操作を使えるMacBookシリーズのトラックパッドの設定画面である。2カラムで、左側に「2本指でスワイプ」などの設定項目が並ぶ。その上にポインタをホバリングさせると、右側で実際に操作しているシーンの動画の再生が始まる。"百聞は一見にしかず"で非常に分かりやすい。だがこんなゴージャスな設定画面でなければ、ジェスチャーがユーザーに伝わらないと考えると、ちょっと複雑な気分である。

動画でジェスチャーを解説するMacBookのトラックパッドの設定画面

Gemmell氏は「今のところジェスチャーを表現できる絶対的なターミノロジーがなく、このまま"スワイプ"や"フリック"といった表現で満足するか、それとも何か別のものを求めるかという決断にわれわれは直面している」と述べている。

気づいてもらえなければ、隠し機能も同然

マルチタッチ/ジェスチャーによって直観的な操作が可能になるのは間違いないが、それは正しく実装されてユーザーに伝われば……だ。iPadの登場以来、Web 2.0 Expoなど様々なカンファレンスでマルチタッチとタッチインタフェースを議論するセッションに参加してきた体験では、少なからず混乱が見られるのが現状だ。

大きな原因の1つはタッチそのものにある。例えばパソコンで利用するWebブラウザでは、クリック可能なリンクやボタン、拡大できる写真にポインタを合わせるとポインタやボタンが変化するから一目瞭然だ。一方タッチインタフェースではポインタのホバリングができないため、実際に指で触れてみないとリンクやボタンであるかが確かめられない。しかもジェスチャーはさまざまなので、正しい場所を触れても正しい動きでなければちゃんと反応してくれない。写真の拡大/縮小や電子書籍のページを繰るというような作業ならユーザーは簡単にジェスチャーを想像できるものの、動きを連想しにくい機能だと予備知識なしでは動かせない。たとえば米国の全国紙USA TodayのiPadアプリは、画面にコンテンツだけが並んで読みやすいと評価されている。だが初めて使う人は、必ずセクションの切り換えに悩む。「Money」「Sports」「Life」などの選択画面は、USA Todayのロゴをタップすると現れるのだ。知っていれば手早くセクションを切り換えられて便利なのだが、ロゴが切り換え機能の入り口になっていると想像する人はまずいないだろう。初めて使う人にとっては隠し機能も同然である。

USA Todayのロゴをタップするとセクション切り換え画面がポップアップ。しかしロゴがボタンだと気づくユーザーは少ない……

タッチインタフェースはユーザーが直観できなければ、機能を発見しづらいインタフェースになってしまう。また色々試しているうちに予想外のふるまいが返ってきて驚くことも少なくない。操作エラーに遭遇する可能性の高いインタフェースでもある。こうしたギャップを埋めるために開発者やデザイナーはそれぞれ、機能をどのようにユーザーに伝えるかに頭を悩ませ、機能と動きをどのように結ぶ付けるかを日々研究している。だが、アプリごとのばらつきが混乱を広げているのが実状である。

思い返せば、Webブラウザが現れてから長い間Webデザインの世界でも似たような混乱が続いた。今日のような一貫性のある利用体験にWebブラウザとWebコンテンツを導いたのはユーザーの声である。タッチインタフェースも同様に、一貫したユーザー体験にたどり着くにはユーザー調査を通じて試行錯誤を重ねていくしかない。そのためにはまず、開発者がジェスチャーを正確かつ分かりやすく説明し、逆にユーザーがその声を伝えるための"表現方法"が必要になる。