【コラム】
デジタルパブリッシングフェア2010の開催に合わせてGoogleが、電子書籍販売プラットフォーム「Googleエディション」の日本を含む展開計画を明らかにした。米国では今年の夏後半、日本では2011年の早い段階に同プラットフォームを通じた電子書籍販売が始まる見通しだ。
GoogleエディションはGoogleブックスに登録した書籍を電子書籍として販売するサービスで、WebまたはEPUB形式で提供する。EPUB形式はAdobeのDRMソリューション「Adobe Content Server 4」をサポートするため、DRM付きの電子書籍には同技術をサポートするデバイスが必要になるが、Web版はWebブラウザを備えた幅広いデバイスで読める。また出版社がGoogleエディションを通じて直接電子書籍を提供できるほか、オンライン書店や電子書籍ストアが、それぞれに設定した価格でGoogleエディションの電子書籍を販売できるようにする。流通も柔軟だ。AmazonのKindle StoreやAppleのiBookstoreに対抗するオープンなプラットフォーム……というのが日米共通のGoogleエディションに対する見方である。
まもなくGoogleエディションが登場する米国では、電子書籍市場を開拓したKindle(Kindle Store)と、グローバル規模で爆発的に売れているiPad (iBookstore)を相手に、後発のGoogleが実際に太刀打ちできるかという点に関心が集まっている。非常に厳しい戦いを予想する声が圧倒的だが、独立系書店と呼ばれる小規模書店との関係づくりによっては、Googleエディションが電子書籍市場を左右する勢力になり得ると見る向きもある。Googleエディションが街の書店の救世主になり、書店がGoogleエディションの追い風になるというのだ。
Googleは独立系書店を束ねる非営利組織American Booksellers Association(ABA)との交渉を進めており、実現すれば独立系書店が電子書籍を販売/提供する道が開ける。米国では90年代後半から大型書店チェーンとディスカウントストアがベストセラー書籍の値下げ競争を展開し、さらにAmazon.comなどのオンライン書店が台頭してきた。それらの影響で街の本屋が次々に姿を消す中、独立系書店を味方につけても微々たるモノと思うかもしれない。だが米国において、いくつかの独立系書店はローカルメディアに匹敵するような強い影響力を持つ。New York Timesの「Stores See Google as Ally in E-Book Market」という記事で紹介されているKepler's Booksも、その1つだ。
Kepler'sはスタンフォード大学の近くのメンロパークという街にあり、創業は1955年。米国では書店とラジオ局が同じ経営者であることが多い。地元コミュニティに貢献するサービスの代表なのだ。Kepler's創業者のRoy Kepler氏もラジオ局KPFAのスタッフだった。
Kepler'sはスタンフォード大学の学生街の書店としてシリコンバレーの歴史とベイエリアの文化に名を残してきた。過去にグレイトフル・デッドが店内でライブを演ったことがあり、John Markoff氏の「パソコン創世『第3の神話』」の中では60年代のカウンターカルチャーの中枢として紹介されている。ミーティングスポットとして地域コミュニティにどっしりと根を張った本屋だった。
そんなKepler'sが2005年8月末に一度50年の歴史に幕を下ろしている。大型書店チェーンやオンライン書店の影響で経営が立ち行かなくなってしまったのだ。Kepler'sだけはいつまでもそこにあると誰もが疑わなかったから、Kepler'sの閉店は地元で大きな騒動になった。閉店に反対する声が殺到。コミュニティからの投資、寄付やボランティアの申し出が集まり、同年10月に再オープンに至った。復活後は、運営を安定させるためにメンバーシッププログラムを採用した。年会費は30ドルから2500ドルまで7段階あり、プラチナメンバーになるとKepler'sを訪れた作家と会食するチャンスまで用意されている。会費制は長期的な収入の見通しを立てられるし、また会費が集まっているうちはKepler'sが地元コミュニティから必要とされていることを意味する。今でもKepler'sは健在であり、本屋が本を売るだけではなく、本を通じたコミュニケーションの場として欠かせない存在であることを証明している。
2008年にKepler'sとバークレーにあるCody's Booksの歴史をまとめた「Paperback Dreams」というドキュメンタリー作品がPBSで放送されており、同作品はDVD化もされている。監督のAlex Beckstead氏は、独立系書店が生き残るための条件として(1)経験と知識のあるスタッフ、(2)古本取引、(3)オンライン販売の3つを挙げており、Kepler'sはいずれも満たしている。だが近年(3)のオンライン販売において電子書籍配信という問題が浮かび上がってきた。Kepler'sで知った本をKepler'sから入手したくても、Kepler'sから電子書籍版は購入できない。これでは電子書籍ストアを運営できない独立系書店は紙の本とともに衰退してしまう。
ABAと提携するのはGoogleが初めてではなく、EPUB採用でAmazonのKindleに対抗しようとしているSonyが昨年8月にABAとの提携を発表した。だが、独立系書店でSony Readerが販売されるような状況には至っていない。独立系書店側は電子書籍デバイスの競争に巻き込まれるのを懸念している。タブレットデバイスの登場で電子書籍に対する注目が高まっているが、紙の本を読まなかった人たちがタブレットを使って突然読書家になるとは考えにくい。独立系書店の観点では、電子書籍デバイスを決めてから、そのデバイスで読める本を買うというのは順番が逆である。独立系書店の顧客は、はじめに読みたい本があり、次にその本を読む方法である。これを突きつめれば、電子書籍おいても音楽CDやDRMフリーのMP3形式のダウンロード音楽販売のようなデバイス互換/サービス互換が実現するのが望ましい。現時点で、特定のデバイスに囚われないGoogleエディションがソリューションの有力候補になっているというわけだ。
「読者は本そのものを求めている」というのは、きわめて当たり前に思えるが、電子書籍デバイスばかりに話題が集中しているのが現状である。しかし次第に本を読み続けていく人たちの声が大きくなっていくだろう。中でも熱心な読書家にとっては、地元コミュニティにKepler'sのような本に触れる楽しさを体験できる書店が存在し続けることも大切だ。電子書籍は地元の書店と共存できるソリューションでなければならない。こうした声にGoogleが応えられれば、規模は小さいかもしれないが、独立系書店の支持者は同プラットフォームの力強い基盤になるだろう。
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