ゴールデンウィーク中に、モバイルAR(拡張現実)サービスの「Layar」が2つの発表を行った。と言っても新しいバージョンが出たわけではなく、ビジネスモデルとバックエンドの強化で、エンドユーザーにすぐに大きな違いをもたらすようなものではない。だが、多機能携帯を用いたモバイルARの先行きを明るくする話題である。

レイヤーの有料コンテンツ。開発者の取り分は売上高の60%だ

Layarは自身を「リアリティブラウザ」と呼んでいる。セカイカメラと似ているが、ユーザー参加型からスタートしたセカイカメラに対して、Layarは最初からモバイルARのプラットフォームを目指していた。Googleのローカル検索、YouTube、イベントガイド、レストランレビュー、駅検索など様々なコンテンツが用意されており、ユーザーは必要に応じて現実を拡張するコンテンツを選択する。

そのLayarが4月28日(オランダ時間)に「拡張現実の初のコンテンツストア」(Layar)をオープンさせた。AppleのApp Storeのように、開発者やコンテンツ提供者が有料のレイヤーコンテンツを販売できるようにする。例えばディズニーランドのアトラクションやショーの説明「Mouse Reality」が3.45ドル、最近起こった犯罪の情報や危険な地域を確認できる「SpotCrime」が1.95ドルという感じだ。決済システムにはPayPalが採用されており、現時点では北米、英国、オーストラリアでしか購入できないが、今後ストアの提供地域、対応通貨、決済システムの幅を広げていくという。

有料コンテンツの1つ「Album Covers Atlas」。CDやレコードのジャケットの撮影場所に導いてくれる。価格は1.95ドル。写真はピンクフロイドの「アニマルズ」に使われた工場

Layarはすでにダウンロード数が160万件を超えたという。ただこれまでは多機能携帯を使ったモバイルARの物珍しさの力が大きく、ここ最近Layarのコンテンツの増加が停滞気味で、正直なところ枯れてしまいそうな危うさを感じていたところだった。今回のコンテンツストアは、モバイルARから収益を得られるチャンスを開発者やコンテンツ提供者にもたらすものになる。コンテンツの増加で悪循環を断ち切り、また有用なコンテンツの登場がモバイルARの可能性を広げる……そんな好転のきっかけになり得る。

Layarはコンテンツの拡充に本気で取り組んでいるようだ。それが現れているのがもう一つの、こちらは新機能になる「Stream」である。インデックス化したARコンテンツを独自のアルゴリズムで格付けし、ユーザーの場所、利用動向、コンテンツの人気などから、ユーザーの状況に応じて役立つと思われるARコンテンツをストリーミング提供する。ユーザーはキーワードやカテゴリ、距離などで配信をフィルタリング可能。すでにレイヤーパブリッシャの招待が始まっており、今月後半にリリースされる予定のLayarブラウザ次期版からエンドユーザーへの提供が始まる。

レイヤーコンテンツが増えても、ユーザーが役立つレイヤーを見つけにくくならないように"発見"を手助けするのがStream提供の狙いだ。

見ているようで現実が見えていないモバイルARブラウザ

ユーザーとレイヤープロバイダーのどちらにもメリットをもたらすプラットフォーム作りを心がけているという点で、Layarのプラットフォーム強化は注目に値する。コンテンツストアの登場はLayar限定ではあるものの、モバイルARに参入する開発者やコンテンツ提供者が増えれば、モバイルAR全体のパイの拡大にもつながるだろう。ただ、これでモバイルARが花開くかというと、まだ大きなハードルを一つ越えたに過ぎず、またこのままLayarが独走するとも思えない。

店を探す、評価を調べるなど、効率的に情報を得るためのツールとしてLayarは力を発揮する。だが、モバイルARの特徴と言えるリアリティ(カメラ)モードではなく、マップモードを利用することが多い。どちらのモードでも同じ、またはマップの方が把握しやすいコンテンツが多く、リアリティモードで見てこそ分かりやすいコンテンツというのが意外と少ない。ひとつはコンテンツ作りに原因があると思う。既存のデータをオーバーレイするだけでは、リアリティモードの特徴は活かされない。有料コンテンツではリアリティモードでの情報提供を考えたコンテンツの登場を期待したい。

またリアリティモードは現実を見ているようで、実は位置合わせをしているに過ぎないというのも原因のひとつかもしれない。今日のモバイルARブラウザの多くはGPSや携帯基地局から位置を特定し、電子コンパスで方向を決定する。概ね正確だが、位置とデータのズレは避けられないし、そこにあったはずの店が移動するなど現実とデータのズレも生じる。カメラを通して現実を見るリアリティモードでは、Google Gogglesのような見たままの現実を認識するような技術も取り込まれて欲しいと思う。

Google Labsで実験的に提供されているGoogle Gogglesは、観光名所、芸術作品、製品、バーコードなどを撮影し、画像認識から検索するサービスだが、提供開始からしばらくして位置情報からユーザーの周囲のデータがストリーミングされるようになった。本のISBNなどを撮影していると、近所の医者のリストなどが画面下に表示される。今のところGogglesを使う目的と、流れてくるデータに関係がなく邪魔で仕方がないのだが、これらが将来連係してくれると期待して我慢している。たとえば本を撮影したら、その本を置いている近所の本屋がリストされるといった感じになるかもしれないし、モバイルAR検索をサポートする技術の1つになるのかもしれない。

Google Gogglesで製品を撮影していると、画面下にローカル検索データ

Google Gogglesで風景を見れば、場所によってはローカル検索コンテンツを重ねたLayarのように機能する

9カ月ほど前に多機能携帯を使ったモバイルARサービスが登場し、今ビジネスモデル作りが形になろうとしている。次はリアリティモードのモバイルARブラウザがユーザーにとって本当に便利なツールになる順番だ。ちなみに5月19日と20日に米サンフランシスコでGoogleの開発者イベントGoogle I/Oが開催される。各日にキーノートが予定されており、リアルタイム検索のアップデートにも期待したい。