スタートアップから奇跡的な成長を遂げたGoogleがいま恐れているのはMicrosoftでも、Appleでもなく、次の時代を切り開くかつてのGoogleのような存在なのだという。以下は、今年3月にGoogleのオンライン・セールス/オペレーション担当バイスプレジデントJohn Herlihy氏がDigital Landscapeというカンファレンスで語ったものだ。

「我々にとって脅威なのは、次のセルゲイ(Sergey Brin氏)やラリー(Larry Page氏)が、Googleを不要とするような破壊的な技術またはサービスを思いつくことだ。それが我々に、広告主に対してオープンな手法による最高の投資収益率(return on investment)や、透明で実用的なパートナーシップの提供を進めさせる……いち起業家がGoogleの必要性に終止符を打てるチャンスは極めて大きいのだ。一方で、それを実現させないように我々は継続的な革新と価値を創造に挑み続けている」

先週サンフランシスコでFacebookが開発者カンファレンス「f8」を開催し、プラットフォームの刷新、数々の新ツールやサービスを発表した。そのキーノートを聞いていたら、Herlihy氏が「Googleを不要とするような破壊的な技術またはサービスの登場」について語っていたのを思い出した。約40分と短いキーノートだったが、コンテンツのルーズなリンクで拡大してきた"Googleの時代"のWeb地図が、人を中心に、人と人とのつながりで広がる"Facebookの時代"の相関図に塗り変わりそうな勢いを感じさせるものだった。

Web上の様々なつながりを結ぶオープングラフ

Facebookの今回のアップデートの目玉は「Open Graph(オープングラフ)」だ。同社は3年前のf8カンファレンスで、人と人とのつながりや、人が関心を持っている事柄のつながりを丹念に紡いでいくことで、すべての人の関係図を構築する「Social Graph(ソーシャルグラフ)」というコンセプトを示した。以後、Facebookは主に人を中心にした相関図の拡大に力を注ぎ、そのつながりを外部のWebサイトでも利用できるようにするFacebook Connectも提供している。だがWeb上のつながり(グラフ)はFacebookだけではない。例えば、レストラン/ショップ・レビューサイトのYelpにはローカルのスモールビジネスを中心としたつながりがあり、ネットラジオのPandoraは音楽を中心としたつながりを持つ。こうしたWeb上に存在するいくつものグラフを、Facebookのソーシャルグラフを中心に結んでいこうとするのがオープングラフだ。

YelpとFacebookのグラフが結びついた場合、例えばFacebook上での"サンフランシスコ在住"で"週に2回は中華料理を食べている"というデータを用いれば、Yelpはそのユーザー向けに効果的にレストランのおすすめをカスタマイズして提案できる。これまでYelpは、あるメンバーがレストラン・レビューを残しても、そのメンバーがレストランを訪れた理由を正確には把握できなかった。給料日前には中華のテイクアウトが増える、誕生日にはイタリアン・レストランに行くなど……Facebookのソーシャルグラフはメンバーとレストランとのつながりの意味を解明する大きな手がかりになる。ほかにもYelpで好意的なレビューを書いたら、その店がFacebookのプロフィールのお気に入りに自動的に追加されたり、同じレストランをYelpで「Like」とした友だちのニュースフィードをFacebookで受信するなど、FacebookのソーシャルグラフとYelpのグラフの相乗効果で双方のサービスの幅が大きく広がる。

Yelpのサイトに組み込まれたActivity Feedプラグインで、Facebookの友だちのYelpでのアクティビティを表示

オープングラフを実現するために、Facebookは「Graph API」「Open Graphプロトコル」「Socialプラグイン」の3つを発表した。Graph APIはFacebookプラットフォームのコアとなるAPIのアップデートだ。認証手段としてOAuth 2.0を採用。シンプルに実装でき、また絶えず変化するソーシャルグラフにリアルタイムにアクセスできるように高機能化された。Open Graphプロトコルは、Webページをオブジェクトとしてソーシャルグラフに組み込めるようにする。Socialプラグインはソーシャルグラフに結びつくソーシャル機能をWebページに追加するHTMLベースのプラグインだ。Likeボタン、友だちのアクティビティ表示(Activity Feed)、おすすめ、ソーシャルバーなどが用意されている。

友だち5人をもっとも簡単に実現できるFacebook

オープングラフという名称から、Web上に散らばるグラフを結びつけるオープンな取り組みという印象を受けるが、中心にあるのはFacebookのソーシャルグラフである。あるWebページでユーザーがLikeボタンを押せば、それはFacebookのソーシャルグラフの価値を高めるデータになる。この場合のオープンは、Facebookのソーシャルグラフとの連係という意味合いが強い。

Web全体を人とモノの意味のあるつながりに変えようとするオープングラフというコンセプトは、Webが進むべき未来として高く評価されており、それゆえにWebの基盤づくりのような役割を、上場もしていない企業に任せるリスクを懸念する声が上がっている。ほかにもFacebookによるWeb乗っ取りではないか、十分にオープンと言えるのか、プライバシー問題は……等々、様々な議論がわき起こっている。

昨年9月に15万平方フィートのオフィスビルに本社を移転したFacebook。現在、価値評価が難しい企業の1つに数えられる

追い風と向かい風、どちらが強いか判断しづらいのが現状だ。ただこの先、議論がFacebookに対して批判的な方向に進んだとしても、Facebookのオープングラフの拡大を阻むものにはならないだろう。だからこそ今のFacebookは、Googleにとって脅威なのだ。

キーノートでの事業アップデートによると、現在のFacebookのアクティブユーザー数は4億人以上。その半数が毎日ログオンしている。また平均の友だち数は130人だという。この巨大なソーシャルグラフとの連係を、企業やWebサービス運営者は拒むことができるだろうか? Web主導権やプライバシー論争を横目に、LikeボタンがあらゆるWebサイトに追加されていくことになるだろう。

キーノートでは新プラットフォームを説明するために、Facebookが昨年9月に買収したFriendFeedのCEOだったBret Taylor氏が登場した。FriendFeedを開発していたころ、同氏はFriendFeedの新規ユーザーが5人以上の友だちが見つかると、その後も継続して使い続けることに気づいた。色々と調べてみたもの、なぜ"5人"なのか明確な理由は解明できなかったが、とにかく"5人"がマジックナンバーだったそうだ。逆に言えば、どんなに面白いサービスであっても、5人のグループを集められなければ使い続けてもらうのはキビしい。たかが5人、されど海のものとも山のものともつかぬスタートアップには不可能に等しい数字だという。しかし、Facebookのソーシャルグラフを活用すれば、このハードルを楽々と超えられる。

Taylor氏はGoogleのホームグラウンドである検索にも言及した。このコラムで前回Foursquareに絡めて、モバイル・ユーザーが検索ではなくモバイルアプリを好むというSteve Jobs氏の主張を取り上げたが、人は元来面倒くさがりなのだ。食事をする場所を見つけるならWeb検索よりも効率的に探し出させるYelpアプリを使う。特にモバイルでは手間の差を痛感するから、Web検索からユーザーが遠ざかる。デスクトップ検索においても、前述のYelpとソーシャルグラフを組み合わせたレストラン検索のように、既存のWeb検索よりも効率的に必要な情報を取得できる方法が出てくれば、そちらが使われるようになるだろう。

オープングラフを打ち出したFacebookは、ソーシャル分野で苦戦するGoogleにとって明らかに脅威であり、手をこまねいていたらWebの主導権を持っていかれかねない。この脅威を押さえ込むために、Googleがどのような一手を打ってくるかが興味深いところだ。それ以上に、われわれにとっては日本との関係が気になる。Facebookの変化がWebの大きな流れを変えるような動きになるとしたら、Facebookにソーシャルグラフが蓄積されていない数少ない地域である日本はインターネット全体の中で、どのような存在になるのだろうか。Facebookとは文化的な溝がある日本で、これをきっかけにFacebookの普及が一気に進むとは考えにくく、Facebookが示したソーシャルなWebが未来ならば、われわれはFacebookに頼ることなくグラフを広げていく特異な立場に置かれることになる。