シリコンバレーでカフェ・ミーティングは珍しくないが、それがApple CEOのSteve Jobs(スティーブ・ジョブズ)氏とGoogle CEOのEric Schmidt(エリック・シュミット)氏だったら話は別である。3月26日にタウン&カントリー・ビレッジという小さなオープンモール内のカフェで、2人が話している姿が目撃され、先週末のシリコンバレーのゴシップニュースはこの話題一色になった。

ここ最近のGoogleとAppleの関係は、New York Times紙が「Apple's Spat With Google Is Getting Personal (AppleのGoogleとのけんかは個人的な関係のもつれに)」という特集記事を組むほど険悪なムードに発展していた。このあたりの経緯については「新たな"シリコンバレーの戦い"に突入したAppleとGoogle」という記事に詳しい。「Jobs氏がSchmidt氏を嫌っている」という見方が定着しつつあるなか、反目し合っているはずの2人が人目を気にすることなく談笑していたのだ。報道とのあまりのギャップに「高等なメディア対策戦術ではないか?」という疑いまで持たれるほどだった。

ライバル関係を演出!?

ミーティング自体は事実確認のしようがなく、ゴシップニュースの域を出ない。ただ、1枚の写真の登場に対する反応は興味深いものだ。話題にはなっているが、CEO同士のギスギスとした関係の報道の方が勢いがあり、今回はむしろ冷水をかけられたような雰囲気なのだ。

この騒ぎで筆者は、スタンフォード大学近くの2軒の自転車ショップを思い出した。

スタンフォード大学は原っぱと農地だったところに建てられたため、とにかく広い。移動用に自転車があると便利で、そのため大学周辺、キャンパス内にも自転車ショップがある。その中で、熾烈な競争を繰り広げているのが南側の学生寮の近くにある「Cardinal Bicycle Shop」と「Bike Connection」だ。Stanford Ave.という道一本をはさんで50メートルぐらいの距離に店を構える。Cardinalには安い自転車が揃っているが、サービスがぶっきらぼうで、ショップ・レビューでは"最低"の烙印が押されている。Bike Connectionは比較的高めのミッドレンジの製品を扱っており、サービスはきめ細やか。質問に丁寧に答えてくれるので、気分よく自転車を購入できる。ただ中にはBike Connectionの店員に対してあれこれと口を出し過ぎだと感じ、気軽に自転車を買えるCardinalを好む人もいる。このように全く異なるタイプの自転車ショップである2軒が、なじみ客を巻き込んだライバル関係にあることで、スタンフォード界隈の自転車熱を高めていた。

ところが……だ。以前Cardinalでアルバイトをしていたことがあるという人と知り合いになり、2軒のライバル関係を話題にしたところ、彼が突然まじめな顔をして「実はあの2軒、オーナーが同じなんだよね」と言い出すではないか。「エっ~~~」である。地元でもほとんど知られていないことなのだ。

とにかく安いCardinal Bicycle Shop(左)、店員のきめ細かなトータルサービスが売りのBike Connection(右)。ライバル関係にある2軒だが、同じオーナーによる経営

AppleとGoogleが裏で競合を演出していると言いたいのではない。Cardinal/ Bike Connectionのオーナーは特に自分の存在をアピールしていないが、隠してもいない。つまり最初は2つの異なるタイプのショップを並べて試していたものが、いつの間にか競合する間柄になって、どちらも成長してしまったのだ。結果的に2軒の競争はスタンフォードの自転車乗りの拡大に貢献している。

Jobs氏とSchmidt氏の親交を指摘した1枚の写真は、Cardinal/ Bike Connectionのオーナーの話を聞かされたような気分にさせるものになった。ただ、それは報道が「ライバルCEOが個人的に嫌い」というような刺激的な方向に進んでいたためで、要は競争の中身である。

たとえばAndroid端末が成長してこなければ、スマートフォン市場におけるAppleの独占的な立場が問題視され、iPadリリースの障害になっていたかもしれない。またGoogleに対抗してAppleがQuattro Wirelessを獲得したことで、オンライン広告市場での独占的な立場をモバイルインターネット市場に持ち込もうするGoogleへの批判が幾分和らいだ。競争に直面したことで、Apple、Googleともに事業拡大に取り組みやすくなった。Google VoiceアプリがAppleのApp Storeで承認されない問題についても、米国でiPhoneを独占的に販売するAT&TのライバルであるVerizonがGoogle Voiceの利用を認めるなど、携帯電話でのVoIP利用が広がるきっかけになっている。

AppleとGoogleの関係は"対立"そのものが刺激的な話題として取り上げられやすいが、今回の騒動はSchmidt氏がAppleの取締役を退いてから、両社の競合関係がモバイルインターネット市場の拡大にどのような影響を与えてきたかを改めて考える良い機会になりそうだ。