Appleが1月27日(米国時間)に発表した「iPad」。想像していたよりも厚かったものの、正面から見たらガラス板のようであり、あれだけさくさくと動いて、かつ最長10時間駆動というのは驚きである。ただ正直に告白すると、発表前に噂が先行しすぎたせいか、発表会の会場では今ひとつ盛り上がれずけっこう醒めていた。「これはiPhoneではなく、G4 Cubeになりかねない」などと考えながら帰宅し、電子ブックリーダーのSony Readerを手にした時にようやく「やっぱいiPadはスゴかった」と気づいた。

見なれているSony Readerが、そのとき突然本体に対して画面が小さく、とてもチャチなデバイスに思えたのだ。画面のもっさりしたうごきも耐えられない。iPad発表の報道でテレビに映し出されたKindle DXも、なんだかひと時代前のデバイスに見えた。電子書籍リーダーに限っては、iPadを体験したらこれまでのデバイスに戻れなくなってしまう。こうした感覚を思い起こさせる製品はうまくいくものである。

さて、AmazonもiPadが気になるようで、発表前に同社はKindleブックの印税率を70%に引き上げ、そしてサードパーティがKindle向けアプリ(Active Content)を開発するためのSDKを発表した。こうした動きは世間一般からはiPad対策と受け止められ、今後Amazonと電子ブック市場に参入するAppleの対立が鮮明になると見る向きが多い。

しかし、そうだろうか?

Amazonの開発者向けプログラムの内容を確認すると、むしろAmazonがiPadをサポートする方向に動いているように思える。既存のKindle for iPhoneに加えて、Kindle for iPadの提供にも踏みきる可能性が十分にあると思うのだ。

Steve Jobs氏は米電子書籍市場を開拓したAmazonのKindleを高く評価していた。Amazonも同様か……

Kindleで3Gを無料で利用できる理由は……

Amazonが1月21日に発表した開発者プログラムで、Kindle向けアプリの課金は以下の3種類である。

  • 無料 : アプリのサイズが1MB以下で、通信データ量がユーザーあたり100KB/月まで

  • 有料 : 通信データ量がユーザーあたり100KB/月まで

  • サブスクリプション : ユーザーは毎月アプリ使用料を支払う。通信データ量の制限なし

Eペーパーを採用したKindleの魅力は、週イチ程度の充電で十分なほど長持ちするバッテリ駆動と、3Gネットワークを無料で利用できる点だ。ユーザーは、どこからでもワイアレス経由でブックストアや自分のクラウドライブラリにアクセスできる。3Gが"無料"であるのには、もちろん理由がある。Kindleがモノクロ・ディスプレイでシンプルなコンテンツしか扱えないからだ。Kindleは貧弱ゆえに無料3Gというメリットをユーザーに提供できているのだ。サードパーティのアプリにおいてもAmazonは、Kindleのゆったり長持ちな動作と、無料のモバイルデータサービスというスタイルを崩したくないだろう。100KBというのは、今どきのちょっとリッチなコンテンツならすぐに超えてしまうデータ量で、これはあり得ないというか……ネット機能を使ったアプリをより多くのユーザーに届けたい開発者にとってはキビしい条件である。

iPadのWi-Fi+3Gモデル向け3Gサービスは、データ通信料250MB/月のプランが14.99ドル/月、データ通信量無制限で29.99ドル/月だ。AppleはAT&Tとの画期的な契約と述べていた。実際に米国の既存データサービスに比べると柔軟で手頃だ。だがAmazonの無料3Gが思い浮かんだのだろう。これらの価格が発表されたとき、会場には微妙な空気が流れた。しかし自由にWebブラウジングでき、様々な種類のコンテンツを扱えるiPadで、Kindleのような無料3Gは望めないのだ。

Kindleの開発者向けプログラムを通じてAmazonは、App Store対抗ではなく、iPadの市場ではない「シンプルなコンテンツ+無料3G」を強化しようとしている。もちろんAmazonが今後、音楽や映画・TV番組にも対応するWi-Fiタブレットを投入する可能性を完全否定することはできないが、同社が競争の激しいWi-Fiタブレット市場に乗り込むメリットは小さい。ライバルの書店チェーン大手のBarnes & Nobleは、PCやスマートフォンなどあらゆるデバイス、プラットフォームに対応する戦略を採っており、AmazonがKindle対応プラットフォームを制限すれば、逆転の糸口を与えることになる。カラーディスプレイでKindleブックを楽しめるリッチな環境は、PCやネットブック、続々と登場するWi-Fiタブレットを利用した方が得策なのだ。だからKindle for iPadが投入される可能性は高いと思う。

昨日1月31日に、米出版社が長く要求してきたKindleブックの値上げにAmazonが応じたと報じられた。これまで9.99ドルだった上限が14.99ドルになるという。これはiBookstoreと同価格になるそうだ。競争が生じた結果、安定した価格が値上げに振れるというのは消費者には受け入れがたいことだと思う。だがモノクロ・ディスプレイのKindleだけではなく、iPadなど他のプラットフォームでのKindleブック提供を強化するならば、AmazonとしてはiBookstoreなどと上限価格をそろえざるを得ない。

このようにKindleブックの値上げというマイナスはあるものの、米国の電子書籍は、コンシューマが購入した本をデバイスやプラットフォームを越えて柔軟に読める非常に望ましい方向に進んでいるように思う。不安材料があるとすればAppleだ。iPadに関してはiBookstoreの詳細や、クラウドサービスとなり得るであろうMobileMeとの関係など、プラットフォームの中にiPadがどのように組み込まれるかが明らかにされていない。たとえばAmazonのKindleアプリが拒否されたり、他のEPUB形式の電子ブックにiTunesが対応しないなどということが起こったら、最悪のシナリオへと転落してしまう。

USB同期に「Books」の文字はない。ハードウエアは発表されたが、謎が残るiPad。まだまだベールに包まれたままだ

初代iPodが成功した大きな理由の1つはMP3プレイヤーだったからだ。オンライン配信がなかった当時と今ではAppleの置かれている立場は異なるものの、オープンなEPUB形式の電子ブックプラットフォームとして数々の電子ブックやドキュメントを結ぶ役割を担ってほしいと思う。