2010年、年明けからしばらくはタブレットの話題で持ち切りになりそうだ。まず7日から米ラスベガスで始まる北米最大の家電見本市CESで数多くの"タブレット"の登場が期待されている。たとえば7日にはNVIDIAがプレスイベントを計画しており、CESではTegraベースのタブレットが見られそうだ。電子ブックリーダーをタブレットと見なせば、今年のCESには電子ブック専用の展示場が設けられる。中でもPlastic Logicの「QUE」は注目だ。Microsoftについても「Courier」という名称の2画面タブレットの開発が報じられており、CES開幕前日の基調講演で、その姿を見られるかもしれない。またAndroid 2.0とTegraを採用したConverged Devicesの「Vega」、Webブラウザを軸とした「JooJoo」、Pixel Qiディスプレイを採用した「Notion Ink Adam」など、様々なタブレットのお披露目が行われる見通しだ。ほかにもDellやHewlett-Packardの参入、そしてAppleのタブレット製品の1月末発表が噂されるなど、しばらくタブレットの話題は尽きそうにない。

ただタブレットというハードウエアに対しては、慎重な見通しを示す専門家が少なくない。90年代後半のPDAブームの頃からタブレット・デバイスは何度も注目されてきたが、iPhoneに始まるタッチ操作のスマートフォンが登場するまでユーザーに定着しなかった。大画面タブレットは今も苦戦つづきで、Androidベースの「Archos 5」のようなタブレット・デバイスが存在しているものの、これも成功しているとは言い難い。

では、このタブレットの盛り上がりはどこに由来するのか?

昨年末、元GoogleエグゼクティブのKai-Fu Lee氏が開発中と噂されるAppleのタブレットについて、同社が初年度に1,000万台の製造計画を立てていると自身のブログに書き込んで話題になった。まったく新しい製品のタブレットに1,000万台というのはかなり強気な見通しであり、この数字の信憑性を疑う声も見られる。だが1,000万台という具体的な数字ではないものの、筆者の耳にも開発段階の話として、そのレベルに近いと言える目標を掲げた交渉が製造パートナーとの間で行われていたことがもれ伝わってきていた。あり得ない数字ではない。

Appleの09年7-9月期のMacの出荷台数は305万台、iPhoneは737万台。iPodは全体で1,018万台である。タブレットで1,000万台を視野に入れているのならば、これらの製品と同じような大きな製品カテゴリへの成長を期待していると言える。こうした製品の成功は、デバイスのみの魅力に因るものではない。iPodがiTunes Music Storeでシェアを伸ばし、iPhoneがiPhone SDKで躍進したように、コンテンツホルダーや開発者を巻き込み、ユーザーの利用体験を一変させるエコシステムが形成される中で成長を遂げた。今回のタブレットの盛り上がりは、ここにある。新市場を開拓するプラットフォームへの期待であり、エコシステムに絡んでいこうとする取り組みが新たなタブレット・ブームを呼び起こしている。

Webと雑誌の垣根を取り払うタブレット

いまタブレットにもっとも期待されているのは、"本・雑誌を読ませるためのプラットフォーム"だ。「すでにKindleがあるじゃないか!」という声が聞こえてきそうだが、たしかに米国ではKindleやSony Readerが電子ブック市場を着実に開拓している。クリスマス商戦に間に合わなかったもののBarnes & Nobleのnookも好調のようだ。ただ報道で好調と言われるほど、普段Kindleユーザーを見ないのも事実。若いKindleユーザーというのは皆無と言いたくなるほど少なく、ユーザー層の多くは40代以上であるように見受けられる。その裏づけというわけではないが、たとえば以下の米国SonyのテレビCMだ。


家電量販店でお客さんが製品選びに悩んでいると、突然ソニーのエキスパートが壁の向こうから現れて製品を解説する「Meet Sony's Panel of Experts」というシリーズCMだ。エキスパートの面々は変動なのだが、これまでのところジャスティン・ティンバーレイクとペイトン・マニングは必ず含まれる。上は、その電子ブックリーダー「Sony Reader」版のCMだ。

ハワード・バーグ「世界最速の読書家(である私)が強くおすすめします」
お客さん「これだけで数百冊の本を読めるの?」
バーグ「私は読みましたよ」
ティンバーレイク「ボクも読んだよ!」
全員「……」
ティンバーレーク「……(小声で)ゴメン、読んでないや」

「ジャスティン、おまえは読書なんかしないだろ!」というオチである。Sony Readerを売っている米国Sonyが宣伝で、若い層にはSony Readerが売れないと認めているようなものだ。面白いけど、テレビCMとして、これは大丈夫なのか……。

このCMにSonyがOKを出してしまえるのが読書の現状なのだ。以前、New York Times紙のインタビューでAmazon.comのKindleに対するコメントを求められたAppleのSteve Jobs氏は、今日の人々の読書量の少なさを指摘した。言外に、本をそのままグレイスケールのディスプレイで表示するKindleではダメだとだめ出ししたようなものだった。これは本だけの問題ではなく、近年米国では雑誌の数も減り、好調だった雑誌もどんどん薄っぺらくなっている。

だからといって人々が情報やストーリーを求めなくなったわけではない。それはWeb広告の伸びが証明している。Webからは無料で多くの情報を入手できる。無料の力は大きいが、シフトの理由はそれだけではない。スピードや柔軟性、双方向性、画像や動画を使った情報伝達など、媒体としての力という点でWebが印刷物を上回り始めている。

3Gネットワークを通じていつでも本を購入できるAmazonのKindleは、デジタル書籍の配信という点では大きな前進だった。しかし、それだけでは十分ではない。さらに今日のWebユーザーにも受け入れられる形に雑誌や本も変わっていく必要がある。たとえば以下のTimeとWonderfacrotyが昨年12月上旬に公開したSports Illustrated誌のTabletデモ1.5である。


雑誌のようであり、そしてWebページのようでもある。雑誌とWebの垣根をきれいに取り払っている。見た目には「これってAppleのタブレットじゃないの……」と思わせるが、Timeは昨年12月、News Corp.、Conde Nast、Hearst、Meredithとともに、タブレットや電子ブックリーダー向けデジタル雑誌のオープン標準を開発するためのベンチャーを発足させた。同社がApple向けのプロジェクトを進めている可能性は高いものの、特定のデバイスやプラットフォームに購読が限定されるのは避けたい模様だ。ちなみに同ベンチャーはデジタル雑誌だけではなく、それらを配信するためのオンラインストアに関する技術も手がけるという。

ちょうどこの頃、Wall Street Journalなどを傘下に持つNews Corp.のRupert Murdoch会長兼CEOが検索エンジンの助けを借りたニュース配信の不利益性を指摘し、Googleからのアクセスを遮断し完全有料化する可能性を示して話題になった。裏返せば、これはデジタル雑誌で有料読者を幅広く集められる新たな手法に手応えを感じていたからこそのコメントだったとも考えられる。