Oxford New American Dictionaryの「2009年:今年の単語」に「unfriend」が選ばれた。Facebookなどソーシャルネットワーキングでは友だちを増やすことが価値と見なされてきたが、ただ広げ続けるだけではソーシャルネットワーキング本来の効果は薄れる。リアルな関係同様、切れるのも人づきあいだ。今年はむしろ友だちリストから友だちを削除する"unfriend"の方が注目された。

しかし、これはソーシャルネットワーキングだけの現象ではない。たとえば数週間前にNews Corp.のルパート・マードック氏がGoogleのニュース検索の効果を疑問視し、Google検索の遮断の可能性を匂わせた。これもunfriendと言えるだろう。同じ頃、FacebookでiPhoneアプリ開発をリードしてきたエンジニアが、Appleのアプリ審査を嫌って同プロジェクトから離脱したというニュースもあった。App Store審査は今年なにかと話題になったが、ネットサービスがらみが多いiPhoneアプリで提供サービスや機能を理由に一部のアプリを認めないAppleの姿勢もunfriendである。ネットユーザーの間だけではなく、今年はネット業界のあちこちで"unfriend"が実行された。クラウドがちぎれ雲になっていくようだ。

先週は、そんな2009年を象徴するような一週間だった。ロサンゼルスでMicrosoftが開発者会議PDC 09を開催してAzureやSilverlight 4を説明し、木曜日にはGoogleがChrome OSのデモを初公開した。インターネットをOSと見なす次のステップへ前進する様子に触れられたのはワクワクする経験だったし、それぞれに興味深い動きだった。ただ、その一方でWeb産業全体で見れば、Webの世界をコントロールする覇権争いで、オープンなWebプラットフォームの先行きが混沌としてきた。相互運用できる今日の自由なインターネットが"Unfriendly"な場に変わりそうな不安がつきまとう。

今はコンピューティング第5世代の覇権争い

クラウドOSでもPCの歴史が繰り返す?

こうした混沌をWeb 2.0 Expoの基調講演でTim O'Reilly氏は「The War For the Web (Webのための戦争)」と表現していた。クラウドOSの可能性として同氏は2つを指摘する。まず「One Ring to Rule Them All」。PCにおけるWindowsと同様、最初の勝者が市場をコントロールする。シンプルで使いやすい環境が約束されるものの、最終的にユーザーやデベロッパの選択肢は限られる。もう1つは「Small Pieces Loosely Joined」。従来のWebの特徴を核とするような環境である。PCで言えばオープンソースのOSだ。洗練された環境とは言い難いが、デベロッパやユーザーの自由な活動が可能であり、予想のつかない新しい革新が出てくる可能性をはらむ。

混沌とした現状が、今後どのように収束していくかは皆目見当がつかない。たとえMicrosoftが勝者になったとしても、PC時代が繰り返されるとは限らない。同社は現在オープンなWebプラットフォームをサポートする姿勢を示しており、後者に進む可能性だってあるのだ。すべては開発者・研究者が投じる1票次第。その判断に委ねられているのが現状だ。

「コンピューティングよりも情報」という世代

そうした中、先週末に見たMIT Media Labの大学院生Pranav Mistry氏のTEDIndiaでの講演が大変面白かったので、ここで紹介しようと思う。

Mistry氏は「SixthSense」というリアルな世界のオブジェクトやアナログ情報と、デジタルな世界を結びつけるインタラクティブ・インターフェイスを披露した。プロトタイプを装着した同氏は、首からペンダントのように小型のカメラとプロジェクターをぶら下げ、指先に絆創膏ぐらいの太さのカラーテープを巻いていた。カメラはリアルな世界をとらえる目になり、プロジェクターが壁や紙などあらゆる平面をディスプレイに変える。カラーテープは、ジェスチャー操作で指先の動きを捕捉するカラーマーカーだ。

SixthSenseはウエアラブルコンピュータである。たとえば指で四角くフレームを作るだけで風景を撮影できる。左手首に指先で小さな丸を描くと、そこに腕時計が投影される。また拡張現実のインターフェイスでもある。書店で本を手に取るだけで、その本が自動的に認識され、本の上にアマゾンでのレーティングやレビューが映し出される。ほかにも新聞の紙面に関連するビデオを投影したり、飛行機のチケットを読み取ってフライトのリアルタイム情報を呼び出すデモなどが示された。

壁をディスプレイ代わりにして、撮影した写真を加工

タクシーで航空チケットを目の前にかざすと、その上に到着便のリアルタイム情報→20分の遅れ

アイディアが目新しいわけではなく、驚くような技術が盛り込まれているわけでもないが、現実とデジタルの世界を行き来するインターフェイスづくりのアプローチがユニークなのだ。インド出身のMistry氏は、まだ28歳と若い。インドではパソコンよりも携帯電話が一般の人にとって身近なデジタル機器だった。そこに急速な成長が重なり、最近ではキーボード/マウスを経験するよりも先に、昨今のスマートフォンのタッチインターフェイスに触れるユーザーもいるという。そんなキーボード/マウスに囚われない世代からSixthSenseは誕生した。

Mistry氏は「人々はコンピューティングに興味を持っているのではない。彼らが求めているのは情報である」と言い切る。それを迷わず実行に移せるのだから、世代の違いを身にしみて感じる。同時に、こうした世代の1票が次世代のインターネットを方向づけると思うと、混沌とした現状の先行きも楽しみになる。

ちなみに講演後のQ&Aで、Mistry氏はSixthSenseの技術をより多くに広めるためにソースコードをオープンソースで公開する意向を発表。総立ちとなった会場から、一層大きな拍手がわき起こった。


講演ビデオの最後に、書類と雑誌から別々に円グラフと文章をキャプチャし、白い紙の上で編集して印刷するデモが行われる。アナログからデジタル、そして完成したデジタルドキュメントをアナログで出力という流れなのだが、見た目には雑誌から文章をつまんで紙の上にドロップし、指先でいじってタップしただけ。現実の世界とデジタルのさかい目を感じさせない面白いデモなので、ぜひともチェックしてほしい。